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1--1 夜汽車

 眩しさの中でウミネコは目を開ける。見たこともない真っ白な空間のその下に、いくつもの見慣れぬ顔がある。全員男の子だ。


「『きどう』した」


「アイ! あれ? アイ?」


「ひどいにおい」


「さいこうびのしゃりょうみたい」


 見知らぬ顔は口々に聞き慣れない言葉を吐き出す。好奇心まるだしの目を見開いて覗きこんでくる。怖い、と思った。ここどこ? なに? おかあ…


―馬鹿ッ!!―


 声が喉の奥で絡んだ。恐ろしい真っ赤な顔が目に浮かぶ。真っ赤っかでどろどろしていて、目と口だけ白くて怖くて怒っていて。


「ないちゃった」


「どうして?」


「どうしよう」


「アイにきこうよ」


「アイ、いないよ?」


「さっき『けいほう』なってたね」


「シュセキ、アイはどうしたのかな?」


「ねえ、きみ、」


 黒目がちの男の子が膝をついて尋ねてきた。


「きみ、なに?」


 男の子はじっと見下ろしてくる。


「しゃべれる?」


「うん…」


「しゃべったあ!」


 男の子が声をあげて身を引いた。


「これ、なんなの?」


「ほんとにはなせるの?」


「『きどう』したてはむりなんじゃないかな」


「『きどう』にはじかんかかるしね」


「じゃあ、これは『きゅうしき』?」


 甲高い声でよくわからない単語があっちこっちを飛び交っている。男の子たちが口々に推測している。多分、自分のことを。


「『かんせん』か?」


 目付きの鋭い男の子が覗きこんできて言った。


「『しゅっけつ』がみられる。どこかで『かんせん』してきたのではないか」


 出血? 『かんせん』? 怪我をしているのか心配されたのだろうか。


「へいき」


 一斉に息を呑む音がした。


「やっぱりしゃべるんだ」


「『きどう』したてなのに?」


「『きゅうしじょうたい』だったんじゃないの?」


「『きどう』したまま『じょうしゃ』したってこと?」


「なんで『じょうしゃ』したの?」


 一同はその疑問にぽかんとして、それから一斉に同じ方向を向いた。先の目付きの鋭い男の子に注目している。


「……『よぎしゃ』は、(そう)こうのために、ひつようなものを『じょうしゃ』させる。『これ』はこうして『じょうしゃ』したのだから、つまり、『よぎしゃ』にひつようだったということになる」


 男の子は考えながら、ぽつぽつと言った。なにを言っているのかはよくわからなかった。ちらりと顔を上げた男の子と目があったが、男の子はすぐに視線を逸らした。


「それなら、きみは『よぎしゃ』?」


 ひょこひょこと首を左右に動かしながら自分をまじまじと覗きこむ男の子が言う。


「『よぎしゃ』なのかな?」


「なんかぼくたちとちがう気がする」


 背の高い男の子が首を傾げる。それはそうだと思う。


「だってみんなは男の子でしょう? ウミは女の子だもん」


 男の子たちが一斉にこちらを見つめた。何かまずいことでも言っただろうか。


「アイ!」


 もじゃもじゃ頭の男の子が天井を見上げて言った。あの子はさっきから『あいあい』言っている。


「『あい』ってなに?」


 ウミネコは尋ねた。途端に男の子たちが目を丸くして見下ろしてくる。


「きみ、アイをしらないの?」


「なんでしらないの?」


「アイはアイだよ」


「アイ、はやくでてきて」


 もじゃもじゃ頭の男の子が困ったように叫んでいる。誰に向かって? 何のために?


 男の子たちの他にも誰かいるのかと周囲を見回してウミネコは目を見張った。先まで誰もいなかった場所に、少し透けた女が立っていた。


「おばけ……」


「アイ、どこにいってたの?」


 もじゃもじゃ頭の子がおばけに駆け寄る。


「失礼しました。一部区間で不具合がありました」


 女の顔をしたおばけと男の子たちは親しげに会話している。ウミネコは固まったままその様子を見ている。


「だいじょうぶ?」


「はい。アイは復旧しました」


「なんともない?」


「なんともありません」


「『ふぐあい』ってなに?」


「不具合とは一部計画通りに事が進まず、それに誘引された齟齬が他機関をも巻き込んで動作不良を起こすことです。けれどもアイは修復しました」


 おばけはにこにこしながら男の子たちに難しい話をした後でウミネコを見下ろした。感情も生気も見当たらない視線にウミネコはいすくまる。


「ねえアイ、『これ』なに?」


 大柄な男の子がウミネコを指差しておばけに尋ねた。おばけは答えずにウミネコを見つめる。


「あのね、さっきの『ていしゃちゅう』にね、『じょうしゃ』してきたんだ」


 小柄な男の子がおばけの周りをちょろちょろ動きまわりながら言う。


「なんで『これ』はぼくたちとちがうの?」


 黒目がちの男の子も言う。「なんかちがうよ? なんとなく」


「なんとなくってなんだよ」


 大柄な男の子が呆れたように言った。


「だってそんなきがした」


 黒目がちの男の子が返す。


「きみがしゃべるとみんなが『こんらん』するんだよ、すこしだまっていてよ」


 背の高い男の子が黒目がちの男の子を煩わしそうに見下ろしてぼやいた。


「そんないいかたってないだろう!」


 黒目がちの男の子がいきり立った時、


「『それ』は夜汽車ではありません」


 おばけが言った。「みなさんとは異なる者です」


「『よぎしゃ』じゃないの? でも『よぎしゃ』にいるよ?」


「アイの不具合によるものです。夜汽車ではありません」


「じゃあどうするの? 『こうしゃ』するの?」


「はい。降車します」


「でも『ひつよう』だから『じょうしゃ』したってさっきシュセキが」


「『りろんじょう』そのようにていしただけだ。ていなのだからはずれることだって…」


 男の子たちが口々に何かを話している間を、おばけがすりぬけてやってきた。屈みこんでウミネコを見つめるとにっこりと目を細める。


「行きましょう」


―行きなさい―


「やだあ!!」


 ウミネコはありったけの力でおばけを押し退けようとした。だがウミネコの手はおばけを突き抜けただけだった。それなのにおばけの手はウミネコの腕を掴んでくる。


「あなたは夜汽車ではありません」


 もわもわしていて、あったかくも冷たくもなくて、なのに掴まれている感触だけはあって気持ち悪い。


「やだ、」


 おかあさ…


「やだあ、はなして…、お、お父さあんッ!!」


 男の子たちがぴたりと会話を止めておばけとウミネコを見つめた。数秒間の沈黙の後でざわざわと動きだす。


「『おとーさ』ってなに?」


「アイ、この子こわれてるの?」


「こわれてるなら『しゅうふく』してあげないと」


「ねえ、きみ、なんでないてるの?」


「『よぎしゃ』じゃないならなんなの?」


「アイ」


 ウミネコは泣くことしか出来ない。


「違います。夜汽車ではありません」


「なにがちがう」


 目付きの鋭い子がおばけに言った。おばけが振り向く。


「アイはさきからそれしか言っていない。それではぼくたちはわからない。『これ』がぼくたちとちがうならなにがどうちがうのか、きちんとせつめいしてくれ。『これ』は『じょうしゃ』した。『よぎしゃ』は『ひつよう』なものしか『じょうしゃ』させないとアイはいつも言う。だから『これ』も『ひつよう』なのだろうとぼくけつろんづけた。ちがうのか? まちがっているならほんとうをおしえてくれ。ぼくたちは『ひつよう』じゃないのに『よぎしゃ』に『じょうしゃ』しているのか?」


 男の子が早口にまくしたてて、他の男の子たちとおばけは黙りこんだ。ウミネコは涙目のまま周りを窺う。黒目がちの男の子と目が合う。大柄な男の子も自分を見ている。目付きの鋭い男の子とも目があって、今度は逸らされなかった。


「この子、『よぎしゃ』だよ」


 黒目がちの男の子が言った。「そんなきがする」


「『よぎしゃ』かもね」


 小柄な男の子も続いた。


「『じょうしゃ』したんだから『よぎしゃ』だな」


 大柄な男の子が納得したように言った。他の男の子たちが同意した。


「きみ、『よぎしゃ』だね」


「……え?」


「違います」


「ねえ、どこからきたの?」


「それは夜汽車ではありません」


「なんでへんなかっこうしてるの? 『かんせん』あらわなくていいの? だれと『せっしょく』したの?」


「ぼくじゃないよ」


「ぼくもちがうよ」


「それは夜汽車ではありません。皆さんとは違います」


「あらっておいでよ。たいへんなことになるよ」


「アイ、」


 もじゃもじゃ頭の子がおばけを呼んだ。「この子をあらってあげないとかわいそうだよ」


「そうだよ、アイ」


「なんでこのままにしておくの?」


「ちゃんと『しゅうふく』してあげようよ」


「アイってば!」


「アイ」


「アイ!」


 男の子たちに囲まれて女の顔をしたおばけは無表情で固まった。ウミネコは男の子たちの後ろから恐る恐るおばけを見上げる。目が合い、びくりとしたウミネコにおばけは突然微笑みかけてきた。


「はい、彼女は夜汽車です」


「……え?」


「『かのじょ』?」


「ならってる?」


「ぼくはまだ」


「シュセキ」


「ぼくもしらない」


「アイ、『かのじょ』ってなに?」


 おばけはにっこりと微笑むとウミネコを含めた子どもたちを見下ろしながら言った。


「彼女は女子、皆さんとは種類が異なる夜汽車です」


 きょとんとした男の子たちが一斉におばけに群がる。


「『よぎしゃ』にも『しゅるい』があるの?」


「『しょくぶつ』みたいなかんじ?」


「『あれ』が『かのじょ』ならぼくはなに?」


 わあわあとお祭り騒ぎのよういな喧騒の中で唯一冷静な足取りの男の子が近づいてきた。目付きの鋭い、いろいろ難しいことを話していたあの子だ。


「きみは『ちか』か?」


「『ちか』?」


 目付きの鋭い男の子は背後の男の子たちをちらりと見遣ってからウミネコにだけ聞こえる小声で続けた。


「他のみなはまだ『みしゅうがく』のぶんやだとおもう。でもそうではないかとすいそくした」


 何を言っているんだろう?


「どうなのだ? きみは…」


「彼女は夜汽車です」


 ウミネコは驚いて悲鳴をあげることさえ出来なかった。ニ体のおばけを見比べる。あっちにもいるのに、あっちで男の子たちの質問攻めにあっているのに同じ姿でこっちにもいる。


「ぼくは『これ』にしつもんした」


「不明な点はアイに聞いてください」


「アイにも聞く。でも『これ』にも聞きたい」


「彼女は夜汽車です」


 数分前とは全く反対の言葉を繰り返しながらおばけはウミネコを見下ろした。


「あなたには感染症状および故障も見受けられます。早急に修復すべきです。行きましょう」


「やだ」


 反射的に拒絶した。単純に怖かった。しかしおばけはウミネコの希望を全く聞き入れずに今度こそウミネコの腕を引いた。もわもわとした奇妙な感覚で。


「アイ! ぼくのしつもんは…」


「はい。承ります」


 おばけはさらに数を増やして、目付きの鋭い男の子の隣でもにこりと笑った。


「あ…」


 ウミネコはおばけに手を引かれながら男の子を見る。鋭かった目つきのまま怒ったような顔で、男の子はウミネコを見つめていた。

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