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1--8 兄ちゃん!

 ノスリはヒゲワシたちを二度見した。


「……は?」


 間抜けな音しか出てこない。


「だからさっきいたんだよ、お(かしら)が」


 ヒゲワシがノスリの顔からあからさまに距離をとりながら嫌そうに答えた。


「帰って来たとこだったんじゃないの? 服もあの時のままだったし」


 それはありがたい。あんなことがあったまま(かしら)に不在にされては、正直どうすればいいか皆、困っていた。他所の駅との決別は決まりだろう。それについてはノスリも大賛成だ。もとより他所の連中は気に食わなかった。大した仕事もしていないくせに瓶詰めだけは持っていく。不平等にも程がある。瓶詰め一本作るのにどれだけの時間と労力が割かれているか、連中は全くわかってない。瓶詰めと野菜が同等な価値のはずないだろう。反物なんてその気になればうちでも作れる。一番腹が立つのはカメの爺だ。道案内してやったのに言葉遣いがなってないとか何とか言って説教しやがって。


「帰って来たんならまず会議室(ここ)に顔出すもんじゃねえの?」


 イヌワシが後輩たちに唾を飛ばした。ヒゲワシは心底嫌そうに頬を手のひらで拭うと、「知りませんよ。走ってっちゃったし」などとぶつぶつ言っている。


「俺らも止めようとしましたよ? 『みんな待ってますよ。これからどうすんすか?』って」


 ハゲワシが煙草に火を付けながら言う。不味そうに煙を吐くと、


「そしたら、『ノスリさんに任せてあります』って言ったんすよ、お(かしら)が」


 そこがわからない。


「任されてねえよ?」


「だって言ってたし」


「なんで俺?」


「俺に聞くなよ」


 ヒゲワシとハゲワシが交互にノスリの疑問を退けた。


「コノリさんじゃなくて?」


 ハイタカも言う。ノスリもハゲワシたちの聞き間違いだったのではと思う。しかしコノリは俯いて腕組みしたままだ。

 ノスリは考える。自分が指名される理由が皆無だ。自分で言うのも何だが自分のような下っ端が…


―それでいいと思います―


「あ゛!!」


「あ?」


―任せます―


「任されたわ」


「「はあ?」」


 同僚と上司たちが揃って顔を突き出した。コノリも顔を上げてこちらを見た。


「言われた。俺、言われましたわ。任されました」


 ノスリは思い返す。他所の連中と険悪な状況だった。一触即発な雰囲気だった。と思っていたら既に(かしら)が刀を抜いていた。ああ、(いくさ)だと思った。始まっていたんだな、と。戦だったら大将を守らねばならない。大将を取られたら負けになるのは何でも同じだ。だから咄嗟に守った。あの時、スズメの男に大将の首を取られたらワシの負けになると思ったから。負けるのは嫌だったから。

 合点がいってノスリは片頬を持ち上げた。


「なんでお前…?」


 ヒゲワシが眉毛をひん曲げる。同僚と上司たちが怪訝そうにこちらを見ていた。



* * * *



 女は質問すれば答えを寄こした。そういう風に出来ていた。

 問題は質問の仕方だったが、こつを掴めば解決した。感情を押し殺せばいい。思いのままに話しかければ途端にこちらを気遣ったような言い回しで話をはぐらかす。一言一句、一節一文、簡潔に知りたいことだけを尋ねる。相手は機械だ、こちらも機械的に応対する必要がある。


 脅しは通用しない。返ってはぐらかされてこちらが苛々させられる。だが交渉は出来るようだ。それ相応の対価を提言しなければならなかったが背に腹は変えられない。罪とも言うべき対価を差し出し、罰のような利益を獲得した。結局していることは父と同じことだった。禁忌は犯してはいけない、そう言っていた父自身さえ禁忌も罪も犯していた。頭目になるということはそういうことなのだろう。何かを成すということは。


「お(かしら)ぁ!」


 耳につくだみ声に呼ばれてクマタカは足を止めて顔を上げた。この声は確か、


「ノスリっす!」


 褒められた子どものような顔をしてノスリが名乗った。それから、


「酷い顔っすね。ちゃんと寝てますか?」


 平面の女のような言葉を威勢よく向けて来る。頭に響くからもっと静かに話してほしい。


「……やるべきことが終わったら休ませてもらいます」


「うっす!」


 はしゃぐ子どものような声を出して色黒のだみ声は白い歯を見せる。


「で? まず何からっすか?」


 目を輝かせて黒い肌を近付けてきた。クマタカは半目でその顔を見つめ、手の中の端末を見下ろした。


「三日後に夜汽車がト線入りします。その際に…」


「お(かしら)、夜汽車がいつ来るかなんてわかるんすか?」


 説明が面倒臭い。無視して話を進める。


「…いつもの車両とは別のところに小銃と火薬が積載されています。それを回収してください」


「『しょうじゅー』?」とノスリが首から上を突き出す。


「ネズミの武器です」


 クマタカの答えにノスリが目を見張った。


「操作は簡単です。引き金を引けばいい。(あたま)を狙ってください。一発で済みます」


「何、狙うんすか?」


「邪魔する者全て」


 ノスリが唾を飲み込んだ。


「あと、」


 クマタカは手の中の端末をノスリの見えるところに出す。


「この駅の全員の顔と名前を『登録』します」


 ノスリは(かしら)の差し出した小型の機械を覗きこんだ。画面の中の女が自分に微笑んできてぎょっとして半歩退く。


「義脳です。塔の技術。駅に導入します」


「お(かしら)ぁ、」


 淡々と、ぼそぼそと続けるクマタカの話をノスリは遮った。クマタカは緩慢に顔を向ける。


「お(かしら)が決めたんならそれでいいと思います。あの塔、保護して電気安定させたのだってお(かしら)が進めたことっすよね? 夜汽車の分配撤廃して他所と縁切ったのだって俺は大賛成です。ずっと腹八分どころかここんとこ四分目くらいで我慢してた奴らもいるし、お(かしら)が決めたことって全部(うち)の暮らしを楽にしてます。っつうかかなり楽になりました。


 だから今回のことも駅の利益になると俺は思うしそれであってると思います。でもっつうか、だからこそ一ついいすか?」


「……何ですか?」


「敬語やめましょう」


 早口にぴしゃりと言ったノスリにクマタカは唇を結んだ。ノスリは真剣な顔で続ける。


「あんたお(かしら)だ。俺たちの大将なんだ。俺みたいなのに気ぃ使ってちゃあ他所に討たれます。大将は大将らしくもっと胸張って構えてて下さい」


「ですが…」


 皆、年上だ。


「サシバさんにはタメ口じゃないすか」


「サシバ?」


 クマタカは驚いて目を見開いた。ノスリはきょとんとしながら、


「だってあいつ…っと、あの方は先代のいっこ上っすよ? 側近は別ってやつすか?」


 ノスリがその後も何か言っていたがクマタカの耳には届かなかった。知らなかった。あいつは年上だったのか。しかも父よりも。だから父は自分よりもあいつを。あいつは父の……。


「今からお前だ」


「はい?」


 クマタカの呟きにノスリが聞き返した。クマタカはノスリを正面から見た。


「今日からはお前だ、ノスリ」


 クマタカに見据えられたノスリは、片頬を持ち上げて「はい」と言った。



* * * *



 居室にたどり着く。椅子に腰を下ろす。下半身が泥のように流れ落ちクマタカの首ががっくりと後ろに折れた。着替えたい。ひとまず風呂だ。その前に眠りたい。いや、駄目だ動け。やることがある。まだ、やることが……。


 三日後、夜汽車が来る。あの女が交渉を守れば小銃も積まれている。女が約束を守るなら、夜汽車は女によって安楽死させられた状態で来るようになる。ト線にも干渉し始めたのだ、それくらいはやってもらう。


―それが理由か?―


 祖先が塔と地下に分けられた理由。それによって可能になった塔の存続。


―ならワシも塔になろう―


 ネズミと同じ立場だ。地下に住む者を増やさないように見張る仕事。他者を蹴落とすことで自分たちだけは生き残ることを確約された道。


―ネズミの仕事をさせるならネズミの武器を寄こせ―


―塔の一部になるのなら、塔に住む者と同じ制度に従っていただきます―


 増やさない、減るまで待つ、減ってから戻す。


―それがお前の望みか―


―アイの望みは皆さんの望みです―


 どの口がほざく。


―わかった、それでいい。だがネズミ駆除はさせてもらう。うちの者を襲うネズミはこれまで通り排除させてもらう―


 父の仇でもある。


―交渉が成立しました。よろしくお願いします、クマタカ―



 正しいか正しくないかで言えば完全に後者だ。だがしかし、ではならば他にどんな方法があっただろう。ワンとコウヤマキを駅に呼ぶことは叶わない。今のあいつらにとって安全な場所はあの小さな研究所の中しかない。駅から義脳を追いだすことも不可能だ。ワシはもう電気を手放すことは出来ない。残された道は義脳との共存だった。せめてもの対策はこれ以上義脳をはびこらせないよう予防線をはることだけだ。そしてイヌマキの研究を完成させること。


―手伝わせてよ―


 絶対に完成させる。そして必ず夜汽車を止める。夜汽車が止まれば電気は消え、義脳も死んで、ワンとコウは自由にどこにでも行き来できる。


―塔に住む者と同じ制度に従っていただきます―


 塔になる。塔になればそれで……


「兄ちゃん、」 


 クマタカは瞬時に開眼した。おもむろに立ち上がりヨタカの頭を片手で掴むと、そのまま壁際に押し付けた。暖房の送風口は瞬間、じゅ、と音をたてる。ヨタカが喚く。短い手脚がクマタカに当たる。兄ちゃん、あつい。兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん!


 太い腕がクマタカの手首を掴んだ。ヨタカの頭が手から離れる。煙が漂っている。香ばしい臭いがたちこめている。床にくずれたヨタカは右半面に指を伸ばし、しかし触れることも叶わず、左目で右側を見た後、クマタカを見上げた。それからその傍らを見て、


「サシバ…」


 サシバはヨタカを見下ろした後で、初めて見せる顔でクマタカを凝視した。クマタカはサシバの手を振りほどき、居室を後にした。

 ほの暗い陰の中をクマタカは歩いた。声がする。響いている。ヒキガエルが、イモリが、他所の連中が、夜汽車が、ヨタカが、


―やっぱりあなたも地下なのね―


 両手の拳を強く握った。握った拳が筋ばって震えた。

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