赤紅色のマッドピエロ 09
「コムディン! ロケットランチャー射出! 照準は任せるわ!」
『イエス、マム。自動照準で射出します』
ドンドンドンドン!
シールド裏に装備されていた一二〇ミリ誘導ロケット弾が、緋色の炎を噴いて射出された。それは獲物を追う猟犬のように、黒いBGへと向かってゆく。
どん!
しかし黒いBGは、バーニアによるサイドステップを一発くれると、最小限の動きでロケット弾をかわしてのけた。
どどどどん!
黒いBGの後方で、ロケット弾の着弾が四本の土柱を上げた。
「やる!」
サラールが言う。
『高熱源体接近』
コムディンの警告。サラールもまたマッドピエロをサイドステップさせて、敵の攻撃を避けようとした。しかし。
どかん!
爆発音と共に、横殴りのGに叩かれた。
『シールド損傷』
バズーカの一撃を、サラールは避け損ねていた。いや違う。相手の技量が自分の回避を上回ったのだ。
見事な予測射撃だった。マッドピエロのシールドが、完全に吹き飛んでいた。シールドが無ければ、腕ぐらい持ってゆかれていただろう。
「野盗のくせにっ!」
ガクン!
サラールが、マッドピエロをドリフトさせる。慣性のついた機体は大きく横滑りしながら、SMGの射軸を黒いBGに合わせた。
「この!」
ガガガガッ!
六〇ミリSMGの火線が、黒いBGを追う。しかしそれを、黒いBGはバーニアを吹かしてことごとく避けてのけた。
──あるいは本物のヴァンパイアか!
そんな考えが、サラールの脳裏を過ぎる。
いや、本物かどうかなど関係無い。今、目の前に『ヴァンパイア』が居るのだ!
「コムディン!」
サラールが叫ぶ。
「サイクロン・システム、スタンバイ!」
『イエス、マム』
ばしん!
マッドピエロの機体表面を、青い稲妻が疾った。マッドピエロが、六〇ミリSMGを投げ捨てる。
ごっ!
黒いBGが、バーニア光を背負って、肉薄してきた。その左手には、プラズマブレードの青い光が伸びていた。機体は違うが、昨晩の再現であった。
しかし、今はシールドが無い。それ以前に、まともに食らえば命が無い。
だが。
ぎゃるいいっ!
背骨を削るような異音が、周囲の大気を震わせた。
マッドピエロが、黒いBGのプラズマブレードを、受けていた。何も無い腕で。
腕の周囲に、白い半透明の、エネルギーシールドのようなものが展開されている。それが、必殺のプラズマブレードを受け止めているのだ。
『サイコ・シールド展開。出力九六パーセント。活動限界まで六二秒』
コムディンが、状況報告をする。
本邦初公開。
これがマッドピエロの隠し玉。『サイクロン・システム』であった。
BGに装備されているバイオコンピューターは、チップに培養したイルカ類の神経細胞を基本に、人間の頭脳を模倣して製造されている。
しかしこのバイオコンピューターには、人間とはずば抜けてかけ離れた部分があった。
人間の頭脳は、その六〇から七〇パーセントの部分が使用されていないと言われている。しかしBGに使用されているバイオコンピューターは、その頭脳システムをほぼ一〇〇パーセント使用しているのである。
ゆえにか、BGのバイオコンピューターには、コンピューターとは思えない予知能力や特殊能力を発揮するものが、まれに現れていた。
コムディンも、その、数少ない『特別製』の一つであった。その能力はサイコキネシス。機械の身体を肉体に、バニシングジェネレーターのエネルギーを力の源に、『超能力』を発揮出来るのである。
どきゃっ!
ヴァンパイアが、驚いたようにマッドピエロから離れた。そして至近距離から、バズーカを構える。
どん!
そして、撃った。
ずがーん!
直撃だった。マッド・ピエロの姿が、爆煙の中に消える。
ぎゃりりりりりりりっ!
その爆煙を割って、両手でサイコ・シールドを構えたマッドピエロが現れた。
「サイコ・ブレード!」
『イエス・マム』
ぶん!
マッドピエロの右手から、透明な光の剣が伸びた。太く、長大な──。
「たああああああああああっ!」
マッド・ピエロが、それを振り下ろす。それはヴァンパイアが受けに構えたプラズマブレードを断ち切り、その重装甲の機体を、袈裟懸けに一刀両断してのけた。
「離脱!」
ぎゃん!
マッドピエロが、ローラーを逆回転させて後進する。その瞬間。
づどおおおおん!
黒いBGは、大爆発を起こしていた。その黒煙の中から、赤い四足のBGが現れる。
マッドピエロが、スピンターンを決めながら、姿勢を立て直していた。
「ふーっ」
サラールが、息を吐く。
「サラールさん!」
無線から、バワーズの声が響いてくる。
どうやら、戦闘は終結したようだった。
▲▽▲▽▲▽
街は、お祭り騒ぎの中にあった。野盗の襲撃が未遂に終わり、街に平和が戻ってきたからだ。ヘリトン・ベイは、野盗の壊滅を喜ぶ町民であふれていた。
「お見事でした。しかしまさか、『赤いヴァンパイア・ハンター』がサイクロン・ギアだとは思いませんでした」
ビールを手にしたバワーズが、サラールに近寄りながら言う。PGとは、サイクロン・システムを塔載したBGの略称である。
「まあ、ね。それよりも、ボクはちゃんと役割を果たせたの?」
サラールが、ビールを片手に言った。
「それはもう! ばっちりでしたよ。こちらの被害は最小限で済みました。野盗も全面降伏ということで、今は全員牢屋に入れられています。いずれ保安官が、何らかの措置を取る事になるでしょう」
バワーズが言う。この場合の措置とは、町やもっと大きな自治体の司法の手に委ねる事である。大概は強制労働といった労務に就く事になるが、場合によっては死刑というのもありえる。
「そ、良かったわね」
サラールが、気の無い返事をした。そして、ビールに口を付ける。
その様子をいぶかしむように、バワーズがサラールの顔を覗き込む。
「どうかなさったんですか?」
「……あの、黒いBGよ」
「ああ、あのヴァンパイアですか。あれがどうかしました?」
サラールが、少しだけ言葉を詰まらせたように沈黙した。
「いや、いい腕していたんだけど、またニセモノだったなーって思って」
「あ、そういう事ですか。でも言ったじゃないですか。『ヴァンパイアの可能性は万に一つ以下でしょう』って。あの偽装も、我々を脅すためにやったんじゃないでしょうかね。無駄に終わりましたが」
バワーズが言う。理路整然としている物言いが、また腹立たしい。
「これからどうします?」
バワーズが、サラールに言う。
「どこかでヴァンパイアを探すわ。この町でやることは済んだようだし」
「そうですか」
ビールを口にしながら、バワーズが言う。
「ここから五〇〇キロほど南に行った所に、サイデルンという街があります。人口一千人ぐらいの街ですが、そこを黒いBGが襲撃したそうです」
バワーズが、独り言のように言った。
「ブレイカーが四人ほど殺されたとか。黒いBGは街を襲撃するだけ襲撃すると、無傷でそのまま姿をくらましたそうです」
サラールの持つグラスの手が止まる。そして、バワーズを見た。
「お礼ですよ。街を守ってくれた。この情報だって、アテになるかどうかは分かりませんよ。ただ、黒いBGが現れたという噂話なんですから」
チン。
サラールが、バワーズのグラスを自分のグラスで叩いた。乾杯の仕種だった。
「ありがと。それだけでもボクにとっては重要な情報だよ」
サラールが言った。
「あら~、何二人で盛り上がっているの?」
「げっ」
横からかけられた甘ったるい声に、サラールが声を上げる。それは、酒で頬をほんのりと赤く染めた、シャトンだった。
「これはシャトンさん、ご機嫌なようですねぇ」
バワーズが、いつものニコ目で言う。この男は、家業が聖職者とは思えないほど、女性に対してフランクである。
「おや、どうしたんですかサラールさん?」
シャトンの出現に、思わず身を引いたサラールに向かってバワーズが言う。それにサラールは、「いや、ちょっと」と言葉を濁して答えた。
「やだぁサラールちゃぁん、アタシをシカトするつもりぃ? あの熱い二人の夜は何だったのよぅ」
「何が『熱い夜』よっ! 何も無かったじゃないっ! 他人が聞いたら誤解するじゃないのよっ!」
サラールが、頭に血を上らせながら言う。こういう時、褐色の肌は血の気が目立たなくて良い。
「おや、御二方はそういう仲だったんですか? それは残念ですねぇ、これから口説こうと思っていたのに」
バワーズが、とどめを刺すように言う。どっちを口説くつもりだったのかは、定かではない。
「そうよ。アタシはもう、身も心もサラールちゃんのモノなのよ。ねぇ? サラールちゃん?」
「……それ以上言わないで。故郷へ帰りたくなるから」
「あら、サラールちゃんの故郷なら、アタシも行ってみたいわ。ねえ、連れて行ってくれない?」
「……やだ」
げんなりした口調で、サラールが言う。バワーズがその様子を見て、呵呵と笑っていた。
──明日、早々に街を出よう。
サラールはそんなシャトンの様子を見て、そう固く心に誓っていた。
舞台は、ヴァンパイアの影を追ってゆく──。
というわけで、一応これで終了です。好評なら続きを書くかもしれません。
皆さまどうぞよろしゅうに。




