赤紅色のマッドピエロ 08
背後の山の稜線が、紫色に染まっている。もうすぐそれは鮮烈な赤に変わり、暁光となって世界を照らし出すはずだ。
サラールはカモフラージュ用のシートを、頭から被りなおした。小高い丘の上から、朝焼けを背にして町を見下ろす。
彼女は夜半過ぎに、装備一切を持ち出して、密かにセルバレーを脱出したのである。夜逃げ同然と言っても過言ではない。
機動性の高い、四脚型ならではの技である。二脚型では、こう静かにはいかない。もっとも、本当に夜逃げしたわけでは無いが。
今ごろバワーズが集会場に皆を集めて、一芝居打ってくれているはずである。曰く、「ブレイカーが逃げ出しました」と。
そう、芝居なのだ。
きっと町は、大騒ぎになっていることだろう。町を守るはずの頼りのブレイカーの、半数が逃げ出したのだから。
筋書きはこうだ。
まず主戦論派に意見を固めて、その日のうちにブレイカーが逃走する。そして意気消沈したところで、和睦に意見を固める。
夜明けと共に、最初に差し出す物資のトラックが町を出るはずである。
だがそれには、バニシングジェネレーターが載せられているのだ。
エネルギーの詰まったジェネレーターは、ケースが壊れると、そのエネルギーが開放されて大爆発を起こす。それを戦闘開始の合図に、正面から保安官達が、側面からキャラバンのブレイカー達が挟み撃ちにするという作戦だ。
サラールのポジションは、狙撃手である。背面搭載のプラズマカノンで、野盗のBGを狙撃するのである。
何でこんな回りくどい方法をするのかというと、町人に紛れ込んだ野盗の目をくらますためだ。
診療所に野盗が押し入ったと聞いたときから、バワーズはマズいと思っていた事があったそうだ。それは、あの会議が野盗に筒抜けになっている可能性である。
町は一応、簡素な柵で囲まれている。だが堅牢な城壁があるわけでは無いので、町に入り込もうと思えば人一人ぐらい何とかなる。あのベイでの会議では、隣に見知らぬ顔があっても気付かないだろう。
野盗も、町の出方が気にならないわけでは無いはずだ。もしサラールが野盗なら、絶対に二、三人はもぐりこませておく。
そしてバワーズいわく、「知らない人が三人ほどいらしゃいます」だそうで、会議の様子をしきりに気にしていたのだそうだ。
よくそんな事が断言できるとは思うが、彼はこの町の住人の顔を、全て覚えているのだという。ちょっとした特技であろう。
あとは、町人らしからぬ挙動不審な人物に、目星を付ければ良い。
「……いた」
案の定というか、夜明け前に町を出るバイクの影が、サラールの覗く双眼鏡の視界を過ぎっていた。多分、野盗の偵察だろう。町が降伏するのを、伝えに行ったのだ。
「バワーズはうまくやってくれたみたいね」
サラールはそう言うと、こちらもシートをかぶせてシルエットを隠している、マッドピエロのコックピットにもぐりこむ。夜気で冷えた身体をヒーターでほぐし、スティックを握った。
「コムディン、システムスタンバイ」
『イエス、マム』
マッドピエロの、操縦システムが起動する。ジェネレーターが出力を増し、コックピットに微振動が伝わった。
「さーて、始まるわよぉ」
さーっと、夜明けの稜線がマッドピエロを追い抜いて行く。それをほとんど待たずに、町の正面の囲いが開いて、幌付きのトラックが一台出てきた。手はず通りだ。
ず……ん、ず……ん。
ずざざざざざざざ……。
「来た……」
マッド・ピエロのモニターの右前方。街道が斜めに走る斜面を、複数のBGとWG、戦車、ジープなどが降りてくる。
「WGが三、BGが九……一機増えてるじゃない。戦車が二、武装ジープが四、あとはザコね……」
モニターからの情報を確認しながら、サラールがつぶやく。レーダーは使用していない。電波を傍受されると、計画はおじゃんだからだ。
サブモニターには、野盗達のBGやWGが、大きく表示されていた。
「──っ!」
その時、サラールが息を呑んだ。一機のBGが、モニターに表示された瞬間だ。
それは、目の赤い、黒いBGだった。そして左肩に、赤いペイントで十字架が掲げられていた。
どくん!
サラールの中で、心臓が大きく鼓動を跳ね上げた。
──まさかっ!
そのBGは、確かに『奴』に似ていた。二足歩行の、重量級BG。並みのBGなら一撃で粉砕されるであろう大型バズーカを構えて、隊列の後方に詰めている。
ぶるっ!
サラールの身体の芯で、何かが身じろぎした。身の毛がよだつような憎悪と何か。理解できない感情が、サラールの身体を震わせている。
「コムディン!」
サラールが叫ぶ!
「サラールさん!!」
はっ。
サラールが、無線からの叫び声で我に返った。それは、バワーズからの無線だった。
「敵は昨日より一機多いです。ですが、予定に変わりはありません。いいですね、あなたのポジションは狙撃手ですよ」
やんわりと、しかし断固とした口調でバワーズが言う。サラールはそれで、自分の立場と役割を思い出した。
怒り、焦燥、渇望、様々な感情がサラールの胸のうちをよぎってゆく。
それをサラールは、胸の奥に押し込めた。今は、無線封鎖を解いてまでサラールを諫めてくれた、バワーズ達の信頼に応えなければならない。
『ヴァンパイア・ハンター』は、今ここに居るのだ。
ブロロロロ……。
街の入り口に止まっていたトラックが、前に進む。予定では、人は乗っていないはずである。
「コムディン! スナイピングポジション!」
『イエス、マム。全機、狙撃姿勢へ移行します』
がしっ!
四脚がアンカーを地面に打ち込み、背中からプラズマカノンをせり出す。
『アンカー打ち込み完了。アブゾーバー最大。全脚、開脚固定。コンデンサー・チャージ。トリガーはそちらに』
メインモニターがトラックをポイントしている。大写しになったトラックに、クロスゲージが重なっていた。
トラックまでの距離は、約一五〇〇メートル。この距離の精密狙撃が出来るBGは、そうそう無い。バワーズがマッドピエロを頼ったのも、その狙撃性能の高さからである。
トラックと野盗の距離が、五〇メートルを割った。まだ遠い。
三〇メートル。野盗がトラックに「止まれ」の指示を出している。しかし、トラックは止まらない。当たり前だ、人が乗っていないのだから。
二〇メートル。野盗のBGの一機が、何事かと前に出てくる。好都合だ。
トラックと野盗の距離が、一〇メートルを割った。
「撃い!」
ギン!
プラズマの光弾が、二連束になった誘導砲身から射出される。それは狙い誤らず、トラックの荷台を撃ち抜いた。
ゴッバアアアン!
爆発。
激烈な閃光と爆煙、衝撃波が、トラックを中心に広がる。不用意に近づいていたBGが二機、まともにその炎に飲み込まれた。
ズズーン!
BGが四~五メートルも吹っ飛ばされ、仰向けに擱坐する。BGはともかく、中のパイロットはただで済まないだろう。
爆発に巻き込まれた敵は数機。どれも大きく体勢を崩している。
「第二射、いくわよ!」
サラールが叫ぶ。あとは、時間との戦いである。相手が混乱している最中に、一秒でも早く、一機でも多く、敵のマシンを屠らねばならない。
『イエス、マム。コンデンサー、チャージまで、五、四、三、二、一』
ギン!
マッド・ピエロの第二射が、灰色のBGの胴体をぶち抜いた。パイロットは、多分即死だっただろう。
「第三射! 急いで!」
サラールが言う。
トリガーが引き絞られ、さらに一機、プラズマ光弾がBGを射抜いた。これで敵のBGの残りは五。
『ロックオン警報』
第四射を放つ前に、マッド・ピエロのコックピットに、警報音が鳴り響いた。
──反応が早いっ!
しゅどどどどどどどっ!
ミサイルの噴煙が、野盗のBGから噴き上がった。その数は、六から八。ゆるい放物線を描いて、マッド・ピエロに迫る。
「アンカー解除! アブゾーバー、ニュートラルへ! アクティブレーダーオン! AMMオート射出!」
『イエス、マム』
ガコン!
マッド・ピエロが、地面に打ち付けていたアンカーを引き抜いた。そして、地面を蹴立てて後進する。その赤い機体を、ミサイルの噴煙が追う。
どっどどどん!
マッド・ピエロの肩から、アンチミサイルミサイル(AMM)が射出された。それは肩から飛び出すと空中で爆散し、ミサイルの軌道上に、一発当り二万発の、濃密なベアリングの雲を撒き散らす。
どががががーん!
ベアリングに撃ち抜かれたミサイルが数発、空中で爆発した。しかし、全部は墜としきれていない。
「くのっ!」
サラールがペダルを踏み込み、スティックを操作する。マッド・ピエロに、回避運動を取らせるためだ。レーダーに映るミサイルの残数は三。マッド・ピエロを追うように迫る。
どん! どどん!
爆発音が、三つあがった。爆煙が、大きく地面に立ち昇る。
ぎゃるるるぃっ!
マッド・ピエロが、爆煙の中からスピンしながら姿を現した。直撃弾は無い。
「プラズマカノンは!」
サラールが叫ぶ。
『エネルギーチャージ完了。いつでも撃てます』
サラールは、夕べの茶色いBGの姿を探した。茶色いBGは町中から出てきたバワーズ達に、ライフルを猛射して応戦中だった。
「あたれ──っ!」
サラールが、トリガーを引き絞る。
ギン!
ごがっ!
プラズマ光弾は、茶色のBGの頭部を吹き飛ばした。「ちっ」と、サラールが舌打ちする。BGの頭部は大概がレーダーやメインカメラの集合体であって、致命傷にはなり得ない。
それでも、打撃を与えた事は大きな成果であった。茶色いBGの動きが、見るからに悪くなる。
「サラールさん!」
モニターから、バワーズの声が入って来た。
「黒い奴がそっちに向かっています。接敵まで約一八〇秒!」
「コムディン!」
サラールが叫んだ。
「アサルトポジション! 迎撃するわよ!」
『イエス、マム。全機突撃姿勢へ移行します』
ガコン!
マッドピエロの前脚が前方で組み合わさり、後脚が大きく広げられた。
ドン!
背面のバーニアに火が入る。それは後方へ白色の噴煙を噴き出し、機体をぐんと加速させた。サラールの身体が、シートに押し付けられる。
巨大な楔型になったマッドピエロが、土煙を上げて地面を猛速で走っていった。
明日も22時に更新いたします。
次回で最終回になります。




