赤紅色のマッドピエロ 07
「砂漠のような場所を行くときには、水分もそうですが、人間の体は塩分も消耗します。これが無くなると何が起こるかというと、身体の水分を維持できなくて脱水症状を起こします」
砂漠を渡ったり荒野で重労働を行うときは、塩の錠剤を携帯するのが普通である。汗で流れた塩分を補給するために、必要な事なのだ。塩分の補給を怠ると脱水症状や熱射病を起こし、悪くすると死亡する。たかが塩だが、これが馬鹿にならない。
つまり野盗は、窮乏するほどそれらの物資が不足していたということだ。おそらくは、何人も熱射病になっているのだろう。診療所に賊が押し入った事からも、そう考えられる。
「なら、交渉という手もあるんじゃないかね? 食料を分ければ去って行くのでは?」
町長が言った。豊富なわけではないが、飢えた野犬どもの腹を充たすぐらいの貯えは、この町にはある。交渉次第では、平和的解決というのも、十分見込めるだろう。
「今回は良いとして、次回はどうする? 一度味をしめたら骨までしゃぶり尽くす。それが奴等のやり方だぞ!? 相手が弱っているのなら、今がチャンスだ! 断固、戦うべきです!!」
保安官が、吠えるように言った。
サラールは、思わず眉間に指を当ててしまった。昨晩の頭痛がぶり返してきそうだ。
保安官の意見は、野盗のある側面について、非常に正鵠を射た意見ではあると思う。
だが、こーゆー妥協を知らない頑固オヤジは、時として非常に始末の悪い場合がある。今がそうだ。一寸の野盗にも五分の魂というか、野盗にも脳みそが有る事を、このオッサンは理解していない。
バワーズの読みは、多分当たっている。この男の情報収集能力は、ベイ・マスター並みかそれ以上だろう。
そしてその読み通りだからこそ、野盗は今朝、示威行動に出たのだ。つまり、町側が怖じ気づいて降伏すれば良し。交渉してきても事は足りる。
だが交渉が決裂したとなると、奴等も死にもの狂いでかかってくるだろう。
夕べの奴と正面対決するには、結構な覚悟が要る。二人のブレイカーが、黙って殺られたとは絶対に思えない。相手の技量が、どこかでずば抜けているのだ。あまり、正面から戦り合いたい手合いではない。
さて、保安官にそれだけの考えと覚悟があるか?
「町長、残念ながら、交渉はあまり期待出来ないと思います」
やんわりと、バワーズが町長の意見を退ける。
「野盗が飢えていたのは、過去の話です。相手が脅しにかかっている以上、それに屈することはつまり、彼らに恒久的な搾取を許す事になります」
バワーズがつとめて平静な口調で言う。そして肩をすくめて、キャラダインに向き直った。
「それにキャラダインさん、キャラバンだからといって見逃してもらえるというのは、甘い考えですよ。野盗は、情報の流出を恐れます。彼らが逗留している間、キャラバンが町を出る事は出来ないでしょう」
「なぜそんな……まさか、賞金首が居るのか!?」
バワーズが、うなずいた。
「野盗が賞金首だとしたら、それを知る者を黙って見過ごすと思いますか?」
ざわり。
ベイがざわめいた。バワーズが、十分な間を取って口を開く。
「マックス・バーズという賞金首が居ます。総額五万クレジット。八つの州と二十二の市町村から賞金が懸けられている大悪党です。性格は獰猛で凶悪。今回の野盗に、紛れ込んでいるようです」
呆然。
サラールも呆気に取られていた。保安官も、意外な展開に大口を開けてあごを落としている。
バワーズが出した名前は、ブレイカーの間ではちょっと知られた名前だ。凶悪な男で、刃向かってきた相手に容赦が無い。決闘では、必ず相手を殺している。相手が降伏し、命乞いをしてもだ。
ちなみに五万クレジットという金額は、普通の家庭が、質素になら二年ぐらい暮らしてゆける金額である。
そして周囲の驚きは、この賞金首の凶悪さを思い出しての沈黙だろう。情け容赦の無い、悪党に対峙しての。
察するに、あの茶色のBGか。確かに、手練れの動きだった。
だがバワーズの奴、この短時間で、よくそんな事まで調べ上げたものである。
バワーズが言葉を続ける。
「野盗は疲弊しているぶん、一度入城を許せば逗留は長くなると思われます。その間に町がどのような事になるかは、皆さんで御想像下さい。それを踏まえた上での、決断をお願いします」
そう言って、席に座った。
酒場は、静寂に沈んでいた。誰も声が出せない。
「戦って……戦って勝てるのかね? 負ければどんな恐ろしい事になるか……」
震える声で、町長が言う。
「それは……やってみなければわからんが……」
町長の問いに、逆に躊躇したのは保安官の方だった。敵の正体を聞いて、若干びびっているようだ。
どうせ略奪を受けるなら、穏便に受けた方が被害が少ない。相手を怒らせてからだと、話しは一層ややこしくなる。ましてや、相手が名うての賞金首とあっては、戦うのをためらいもするだろう。
保安官だって商売である。安い俸給で、命までは賭けられない。気持ちは分かる。
沈黙が、ベイに落ちた。
「勝てます」
バワーズが、その沈黙を割って言った。周囲の注目が、彼に集まる。
「後腐れの無いようにするには全員の協力が必要ですが、追っ払うだけなら、どうとでも出来ます」
そして、ぐるっと周囲を見回す。不安と困惑が錯綜する人々の表情を見渡した後、バワーズが妙にいい笑顔をサラールに向けた。
「作戦があるのか」
「作戦って言うほどでもありませんが……まあ、一応」
保安官の問いに、バワーズが自信無さそうに答えた。
「どんな作戦だ?」
保安官が問う。
「相手は賞金首です。ですからこちらも、賞金稼ぎをぶつけてはいかがかと。ねっ? サラールさん」
ぐっ。げふっ、げふっ。
サラールが咽た。
急に話しを振られて、サラールがソーダ水を喉に詰まらせた。衆目が、小柄なサラールに集まる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ボクは、まだやるって言ってないわよ」
「ええ、ですから、街からの正式な依頼って事で。依頼内容は、マックス・バーズの撃破又は捕獲。報酬は一万クレジット+賞金の報奨金。他の野盗のBG及びWG一機撃破毎に五千クレジットのボーナスって所でどうでしょう? 町長?」
バワーズが、その場を仕切りながら言う。
「そ……それぐらいならなんとか……」
町長が、汗を拭きつつ視線をさまよわせながら言った。今一瞬の間に、いろんな金勘定をしたという感じだった。
「しかし、そんな小娘がアテになるのかね?」
町長が言う。ちょっとムカついたらしく、サラールの表情が険しくなる。
カチンときたサラールをなだめるように、バワーズが言った。
「町長、そんな言い方は無いと思いますよ。こちらのお嬢さんは、これでも立派な賞金稼ぎです。『赤いヴァンパイア・ハンター』の噂、聞いた事はありませんか?」
「じゃあ、その娘が? まさか!」
ざわりとベイが、再びざわめいた。そこかしこで、噂話が飛び交い始める。
サラールがちょっとだけ、驚いたような顔になった。自分がこんなに有名人だったとは、思わなかったからだ。
「腕の方は、昨晩とこの前の隊商襲撃の時に確認済みです。私の見込みでは、今この街に居るブレイカーの中でも、結構イケてる腕前だと思います」
バワーズの言葉で、すがるような視線がサラールに集まった。
──こいつ、大衆扇動家になれるな、きっと。
サラールが思う。
「わかったわ。その代わり、弾代と修理費は別よ? 契約書、すぐ作れる?」
「実は、こちらに用意してあります」
バワーズが、懐から契約書らしい紙切れを取り出した。どこまで用意がいいのやら。
「契約書は、ブレイカーの皆さん全員の分も用意してあります。契約の発効はサインをした時点から、野盗の殲滅もしくは退却まで。異論無ければ、詳しい作戦会議に入りたいと思いますが……」
「わかった、やろう。作戦を聞かせてくれ。キャラダインさんもいいですね」
保安官が、そう言った。キャラダインが、しぶしぶうなずいた。
明日も22時に更新いたします。




