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赤紅色のマッドピエロ 05

 星が、空からこぼれ落ちそうなほど瞬いていた。

 この光のどこかに、人類発祥の地、太陽系があるという。昔、父から聞いた話だ。

 その晩、サラールはなかなか寝付く事が出来なくて、寝返りばかり打っていた。窓枠の中の星を数えるのも、そろそろ飽きた。

 シャトンは、ソファーをベッドにして毛布をかぶっている。寝息は穏やかで、ふてぶてしささえ感じるほどだ。ずうずうしいというか、神経が太いというか。


 ──どうしてこんな変なヤツを泊める気になったんだろう。


 サラールが思う。

 サラールは寝るのを諦めると、上着をはおって階下に降りた。

 旅人はいつ来るか分からない。ベイの酒場は、夜間も営業しているのが普通である。ここがこの町唯一の宿屋であれば、なおさらだ。

 人気は少ないが、酒場にはまだ、何人かの客が居た。


「やあ、どうも。サラールさん」


 降りた途端、なれなれしく声をかけてきた男が居た。昼間のコメディアン神父、バワーズである。聖書らしい本を片手に、読書中らしい。


「神父さんが、こんな夜中まで夜更かししていていいの?」

「今日はこれから、夜警の当番なんです」


 バワーズの手元にあるのは、湯気の立つコーヒーカップだった。

 サラールはカウンターでビールを注文すると、バワーズの向かいの席に座った。


「お酒、飲めるんですか」


 昼間の事を覚えていたのか、バワーズが問い掛けてくる。


「夜だけね」


 彼女はそう答えると、グラスに口を付けた。過去の世界では「お酒は二十歳になってから」などという規制があったらしいが、今のモース世界でそんな事を気にする奴は居ない。


「……少し話をしてもいい?」


 しばらく間が開いてから、サラールはそう口を開いた。バワーズが、本から顔を上げる。


懺悔(ざんげ)ですか? それとも悩み事でも? 男女のお話ですと、私としては嬉しい限りなんですが。いや、ナンパってした事はあってもされた事って無いんですよねぇ〜」


 あーはーはー。


 バワーズがお気楽に笑う。


「バーカ。そんなんじゃ無いわよ」


 呆れたように、サラールが言う。どうにもこの男と話していると、シリアスな雰囲気から遠くはなれてゆく。

 べつに、年がら年中ハードボイルドしていたいわけでも無いが。

 バワーズには残念な事だったが、サラールがしたい話は、そんな事ではなかった。


「黒いBGの話が聞きたいの」


 サラールの言葉に、バワーズの片眉が微妙に上がった。そして、考えるような表情になる。


「今回現れた『自称MLO』の連中は、北からやってきた野盗集団のようです。北方の農作物が不作で略奪品が乏しく、このセルバレーまで流れてきた、といった所ですかね。人数は不明ですが、戦力はBGが一、二機というところです」


 バワーズが、つらつらと説明をする。それを聞いて、サラールは落胆のため息を吐いてしまった。


「やっぱ違うかなぁ……」


 サラールが、机に肘をつきながら言う。


「『ヴァンパイア』は、常に単独で行動すると聞いています。助手仲間から聞いた話だと、確かに黒っぽいBGが居たそうですが、ヴァンパイアどうかは万に一つ以下というところでは無いでしょうかね」


 サラールは、ビールを飲む手を止めた。そして、射るような視線でバワーズを見る。彼女はまだ、この男にヴァンパイアの事を話してはいない。


「いえ、マスターから聞いたんですよ」


 サラールの視線に、言い訳するようにバワーズが言う。


「ついでにこんな噂も聞きましたよ。四足歩行の赤いBGを駆り、『ヴァンパイア』を名乗るBGを狩る凄腕のブレイカーが居ると。その人は通称『赤いヴァンパイア・ハンター』と呼ばれているそうです」


 バワーズはそう言って、コーヒーをすすった。今度は逆に、値踏みするような視線が、サラールに向いている。


「ま、あくまでも噂は噂ですけどね。ですがそれが可愛いお嬢さんとなれば、協力は惜しみませ──」


 ず……ん……。


 そこまでバワーズが言いかけて、微妙な振動がベイの床を震わせた。テーブルに置いていたビールグラスの気泡が、一斉に持ち上がった。


 だっ!


 バワーズが、外へ駆け出す。サラールも、それに続いた。


 ばっ、ばっ!


 出てすぐ辻の四方を見るが、何も見えない。


「サラール!」


 その時、宿の上の窓から、彼女を呼ぶ声が上がった。

 シャトンが薄い夜着姿で、窓から身を乗り出していた。その手が、西の方を指している。


「火の手が上がっているみたいよ!」


 ばばっ!


 その言葉が終わるか終わらないかの間に、バワーズが再び、今度は中に向かって駆け出す。ベイの駐機場に向かっているのだ。


「夜襲です! 皆さんを起こしてください!」


 バワーズが、夜勤のバーテンに向かって叫んだ。サラールもその後に続く。


「まだ契約していないんでしょう。付き合わなくてもいいんですよ」


 バワーズが、背中を追うサラールに向かって言ってくる。


「人手、いるんでしょ? 黒いBGも見たいから、つきあってあげるわ」


 サラールがそう言うと、バワーズは一瞬だけ、こっちを振り返った。読めない表情をしていた。


「わかりました」


 簡素に、ただそれだけ言う。サラールにはなんとなく、この男には似合わない仕種のように見えた。

 だが、今はそれを気にしている場合では無い。

 ベイに入り、マッド・ピエロのコックピットに滑り込む。コムディンを叩き起こし、シートベルトをはめてヘッドギアを装着した。


『システムスタンバイ』


 コムディンが、起動準備を手順通り進めて行く。ハッチを閉じてロックし、モニターを点灯。視界は、一気に全高八メートルの巨人のものになった。画面の中の赤い警告灯が、次々とスタンバイのグリーンに変わってゆく。


『無線が入っています。つなぎますか?』

「つないでちょうだい」


 コムディンの問いかけにサラールがそう答えると、モニターの片隅に、コックピットに座るバワーズの姿が表示された。やはり機動準備をしている最中らしく、AIの合成音声も聞こえてくる。


「サラールさん、西側は町の外れで倉庫街になっています。物資の集積所にもなっているので、そこが襲われているのだと思います。現在、アーリントン兄弟が防衛に当たって──」


 ドン! という爆発音がした。ベイの壁がびりびりと震えた。


「くっ!」


 バワーズの顔が、険しくなる。どうやら、あまり良い事態では無いらしい。


「出ます!」


 目の前を、青灰色の人型BGが歩いて行く。名前は『ウェアウルフ』と聞いている。標準タイプの人型二足BGで、四〇ミリのアサルトライフルと、大型のミサイルラックを装備している。シールドは装備していない。軽快さを重視した機体のようだ。

 何かに秀でているというわけではないが、アベレージは高い。そんな、ストイックさを感じさせる機体だった。

 サラールは、その後についてベイを出た。


『高熱源体探知』


 ベイを出ると、コムディンの報告があって、サブモニターの暗視画面に町外れの様子が大写しになった。炎と黒煙が立ち昇っている。


 ドン!


 ウェアウルフが、バーニアを噴かしてジャンプした。家屋を数軒跳び越して着地し、民家の被害の無い場所からホバリングに入る。街路でこれをやると、バーニア風で破損した窓ガラスの請求書が数百枚回ってくるので、注意が必要だ。

 その点、サラールの『マッドピエロ』は、車両感覚で運用する事が出来る。彼女はバワーズのウェアウルフとは逆に、街路にBGを乗り入れた。主道路は基本的に、BGやそのキャリアーが通る事を前提に作られている。上手に道を選べば、町の外周を回るバワーズよりも早いかもしれない。

 メインストリートから西進すると、風景が急に閑散としてくる。かまぼこ状の大型倉庫が、軒を連ねて並んでいた。倉庫街だ。

 はたして、道の向こうに戦闘の火線が見えてきた。マシンガンの曳光弾が、数条交錯している。

 そして一際大きな爆発が、倉庫の屋根を吹っ飛ばした。炎の塊となったBGが空中に噴き上がり、そして地面に叩き付けられる。

 サラールはコムディンに、六〇ミリSMGを構えさせた。敵が、近くに居る。


 ──聞いていた話より数が多い。


 戦場を見たサラールの第一印象は、敵の火力の強力さだった。BGだけでも、五機は居そうだ。


『ロックオン警報』


 ぎゅっ!


 コムディンの声と同時に、サラールはマッドピエロをサイドステップさせた。横殴りのGが、身体に重くのしかかる。ドリフトぎみに横すべりしたマッドピエロの残像を射抜くように、火線の光条が突き抜ける。


 ぶおうっ!


 煙を割って、()()()(せま)って来た。茶色の重BGだった。

 ターゲットカーソルが固定されると同時に、サラールはトリガーを引き絞った。


 ガガガガガガガッ!


 SMGの火線が、茶色を追う。しかし奴はバーニア噴射による急加速でそれをかわし、さらに懐へと迫って来た。直撃弾は二、三発もあっただろうか。それも、装甲の厚い部分で弾かれている。

 間合いは射撃から格闘へ。手慣れた動きだ。


 ギン!


 敵が、プラズマブレードを構えた。BG用の格闘戦武器で、高エネルギープラズマの剣だ。威力は、一撃必殺である。


 格闘戦においては、重量があって運動性で劣る四足型は、人型二足に一歩も二歩も劣る。

 サラールは威嚇射撃しながら、マッド・ピエロを下がらせた。しかしバーニア光を背負い、奴が肉薄してくる。


 ギャンッ!


 下から振り上げられたブレードを、サラールはシールドで受け止めた。複合装甲の表面が、発泡スチロールのように、ぼろぼろに剥ぎ取られる。それでも、シールドはよく耐えた。


「サラールさん!」


 モニターから声がして、重BGとマッド・ピエロの距離を割るように、アサルトライフルの火線が横合いから伸びてきた。重BGが、バーニアを噴かして跳びずさる。

 それと同時に、別方向からも火線が伸びて来る。敵の仲間だ。サラールはマッド・ピエロをさらに後退させ、その射軸から逃れる。

 どんどん! という連続した爆発音がして、メインモニターの画面を閃光が彩る。バーニア噴射と目くらましの閃光弾の音だ。戦闘音が、急速に遠のいてゆく。

 それで、戦闘は終結したようだった。いい引き際だ。


「大丈夫ですか」


 モニターの中から、バワーズが問い掛ける。


「ボクは平気。それよりもそっちはどうなの?」


 余裕のある声で、サラールが言った。


「二人殺られました。それと、倉庫が一つ略奪されています」


 口惜しげに、バワーズが言う。


「どうやら、今までの連中とは別の奴らのようです。あるいは、今までのはただの下っ端だったのか……」


 夜の荒野に、点々と炎の塊が散らばっている。それは黒煙を上げ、星の海を陰らせていた。

明日も22時に更新いたします。

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