赤紅色のマッドピエロ 04
サラールは熱いシャワーを浴びながら、旅の目的を思い返していた。
狙っている賞金首は、只者では無い。
──『ヴァンパイア』。
左の肩に赤い十字架をかかげる、黒塗りの重量級人型BGである。
各地に出没しては、町を一つ焼き払っただの自警団を壊滅させただのと、その伝説は枚挙に問わない。だが知名度に反比例して、パイロットを含めたすべての正体は不明。
そして、彼女の家族の仇。
二年前、サラールの住んでいた町は、一夜にして廃虚に変えられた。ヴァンパイアの襲撃を受けたのだ。
燃え落ちる家。焼け出され死んでゆく人々。保安官だった彼女の父親は、BGで出撃して帰らぬ人となり、母と兄は、彼女の目の前で家ごと吹っ飛んだ。
そして彼女は見た。
炎の中に立つ黒いBGの姿を。
肩の赤い十字架と、それよりも紅い、血に濡れた牙のような形のセンサー・アイを。
ヴァンパイアはモース各地で手配を受けており、その賞金総額は町が一つ買えるほど。そして日々、その額を増やしている。
全てのヴァンパイアが、本物とは限らないだろう。騙りや偽者など、それこそ星の数ほど居るはずだ。実際、ヴァンパイアが狩られたという話しも数多くある。
それでも彼女は、ヴァンパイアを追わずにはいられなかった。家族の事を思い出すと、今でも身が震える。心に刻まれた、昏い痛みにだ。
ごとっ。
はっ、と、サラールの意識が現実に引き戻された。
シャワーの水音に混じって聞こえた物音。それは、部屋の中から聞こえていたからだ。
彼女はシャワーの水をそのままに、そっとそこから抜け出た。そして洗面台の上に置いておいた、銃を取る。
九ミリ口径の、護身用拳銃だ。弾数を犠牲にしてグリップ部を詰めたタイプで、コンパクトかつスマートで、収納に秀でている。女性向けのオートマチックと言ってもいい。
タオルを体に巻き、壁を背にし、銃を両手で構えて三呼吸。
「動くな!」
ばん! と扉を開けて、サラールは部屋の中に銃を向けた。
ぱさっ。
やけに薄っぺらい布切れが、床に落ちて広がった。それはフリルの付いた、女性下着だった。
「…………」
部屋の中で、いやにセクシーな下着姿の女性が、頓狂な顔をしてサラールの方を向いていた。声も出ないという感じだ。
グラマラスな、金髪の女だった。確か、助けたキャラバンで見た顔だ。
紫色の、シルクっぽい薄手のブラとショーツに、揃いのストッキングとガーターベルト。
その女性は、女特有のフェロモンというか、色気を発散しまくっていた。
サラールは今、タオル一枚の、それほど露出度の変わらないかっこうをしている。女と自分の胸の大きさと比べてしまい、サラールは思わず赤面してしまった。自分にも将来性はあると思っているが、それでもこんなにいい女になれるかどうか。女のプロポーションは、それほど抜群であった。
「ねぇ、あたしはいつまでこうしていればいいの?」
女が、下着──多分キャミソールか何か──を落とした姿勢のまま、律義に動かずに聞いてくる。サラールは部屋の中を見渡して状況を確認し、他に人気が無いのを確かめると、銃を降ろした。
「ここに何の用? 部屋でも間違えたの?」
サラールの問いに、女がしなを作るように脚を組んで、ベッドに腰掛けた。絵になる仕種だった。
「ここ、サラール・パンテラさんのお部屋でしょ?」
女が、サラールに向かって問い掛けてくる。碧い目が、彼女を値踏みするような視線で見ている。
「あたしはシャトン。キャラダインさんからの好意で、数日の間、彼のお世話をするように言われているの」
──彼?
サラールが、表情に疑問符を浮かべた。
「でも、まさかもう女の子を引っ張り込んでいるとは思わなかったわ。こっちも前金でもらっているし……ね、もし良かったら、一緒に楽しまない? 結構かわいい坊やなんでしょ? サラールって子」
ぐらっ。
サラールは、世界が斜めに傾いだような気がした。
──あのキャラバン長!?
事態を把握するにつれて、彼女は全身から、猛烈な脱力感を感じていた。
ようするに、キャラダインが気を利かせたということらしい。サラールを男と勘違いして。
で、やってきたのがシャトンというこの美女。職業は推して知るべし。何をする準備をしていたのかは想像に難くないが、そこにサラールが銃を持って現れたのである。
そしてサラールを、彼女の『同業者』と思ったわけだ。
はあ~~~~~~っ。
サラールは、深いため息を吐いた。
「ボクがサラールだよ。キャラダインが勘違いしたんだ」
自分でも疲れているな、と思える声で、サラールが言う。そして今度こそ、シャトンの顔が驚いた顔になった。それはそうだろう。依頼内容と実際の事情に、これほどの開きがあるのだから。彼女も、今日は商売になるまい。
だいたい、サラールという名前で判断しても良さそうである。
──明日、キャラダインに会ったら一発ぶん殴っとこう。
そんな事を考えていたサラールを見て、シャトンがにんまりと笑った。
そして表情を一転させ、しなをつくってサラールに迫る。足取りが、猫のようにしなやかで軽い。
「でもね、あたし、今日は泊まる所が無いの。他の部屋もキャラバンの人達で満室らしいし……あなた、女同士ってって、経験ある?」
ずがたたっ!
シャトンの言葉に、サラールは思わず後ずさっていた。だが、すぐに背中に壁が当たる。
──うわうわうわっ。
サラールが、心の中で悲鳴を上げる。
シャトンが、ぐぐぐっとサラールに迫ってきた。胸元を強調するような仕種で、ブラの紐をわずかにずらし、上目遣いに甘えるような表情で。
その時サラールは、自分がタオル一枚の姿である事に、ひどく危機感を感じていた。
シャトンが、銃を持つ彼女の手をやんわりと退け、顔を目の前に近づけてきた。サラールは裏返ったヤモリみたいに、壁にへばりついているだけ。
吐息がかかる距離に、シャトンの顔がある。その眼を覗くと、深い水底に墜ちてゆくような錯覚にとらわれる。頭の芯が、真昼の熱気がわだかまったかのようにぼうっとして、考えがまとまらない。
シャトンが、サラールに唇を寄せてきた。
──はっ!
唇が触れる寸前で、サラールは我に返った。
「ちょちょちょちょっと待ったぁ!」
「あら?」
必殺の間合いを外されたように、シャトンが驚いた声を上げる。サラールはシャトンから身を剥がし、シャワールームに駆け込んだ。扉を閉め、内側から鍵を掛ける。
扉を背にし、サラールは大きく息を吐いた。
サラールの心臓は、ばっくんばっくんと早鐘を打っていた。
頭の中が、すごく混乱していた。それはそうだ。彼女はノーマルのはずなのに、今までの人生で一番ときめいた相手が、なんと女性だったのである。
──というか、なんだあの女は!
と、サラールは心の中で叫んでいた。
──いや、世の中にはそーゆー趣味の人が確かに居るとは聞いてはいたけど、それにしても見境無しっつーか手当たり次第とゆーか……あれがいわゆる、バイセクシャルというヤツなのだろうか。
混乱した心の中で、サラールがぶつぶつと思う。
サラールは出しっぱなしにしていたシャワーを冷水に切り替えると、それを頭から浴びて身体の熱気を追い払った。そして十分に心を落ち着けて、服を着てから扉の鍵を開ける。
「あら、お帰りなさい」
のほほんとした雰囲気をまとって、女はベッドに腰掛けていた。今度は下着姿ではなく、黒と紺のドレス姿である。
にぎにぎと手を振って、何事も無かったかのように笑っている。
サラールは、言葉に詰まった。サラールは、こういう物怖じしない人間は苦手だ。
「なんでまだここに居るのよ」
警戒した猫のような声で、サラールが言う。
「だって、あたしまだ仕事してないもの。このままじゃ帰れないわ」
あっけらかんと、シャトンが言った。
「それに、今日は本当に他に泊まる所が無いの。だから泊めてちょうだいよ。色々とお世話してあげるから。希望があれば、あっちの方も色々シてあげるわよ」
「いらない!」
と、サラールは思わず叫んでしまった。
「だいたい、ボクはノーマルなんだから」
「あら、愛があれば性別なんてたいした問題じゃないのよ」
「ボクがいつあんたと愛を育んだのよ!」
「さっき。これって一目惚れっていうのよねぇ、きっと。だからぁ、オ・ネ・ガ・イ♡」
それから約五分間、シャトンはいかにサラールの事が愛らしくて可愛くて魅力的かを、たっぷりと聞かせてくれた。聞いている方がむずがゆくなるほどだ。
これは、一種の拷問である。
サラールは頭を抱えた。熱が出てきた。
「もー好きにして。ただし、変なコトしたらすぐに追い出すわよ。いい?」
そう約束して、サラールはシャトンの在室を許した。
斜陽が窓から、赤く射し込んで来ていた。
明日も22時に更新いたします。




