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赤紅色のマッドピエロ 03

 さて、サラールである。


 いつもならば獲物のハウントマシンを引っさげてブレイク・ベイに行く所だが、今回はキャラダインが獲物の購入を申し入れていた。色々な後始末もまとめてやってくれるというので、二、三のやりとりの後、今回は彼に任せる事になった。引き取り価格も、悪くない。


「このまま次の町への護衛も頼めんかね。高給優遇するよ」


 という申し出に「考えとく」という返事を返し、サラールはブレイク・ベイへと向かった。ベイにはベイで、用事があるからだ。

 そのベイには、『ヘリトン・ベイ』という看板がかけられていた。

 ウェスタン風の両開きの扉を開けると、そこは八十席ぐらいの酒場になっていた。正面から右にかけてカウンターがあり、左側は階段になっている。その奥には、宿部屋の扉が並んでいた。

 紫煙が深く煙っており、昼間っからカードやサイコロゲーム、ビリヤードに興じる、いかにもな荒くれどもが十人ほどたむろしている。まあ、よくある光景である。


 ただ、妙に雰囲気が重い。


 それは、ここに来るまでの、町中もそうだった。窓から人が、外の様子を伺うようにしている。まるで、何かに(おび)えているように。

 町全体が、妙な緊張感に包まれていた。


 ──二、三人かな。


 彼女は『同業者(ブレイカー)』の数を、そう見立てた。少なく思えるかもしれないが、荒野のはずれならこんなものだろう。

 サラールは真っ直ぐカウンターへと向かうと、バーテンに向かって言った。


「ソーダ水一つ」


 待つほども無く、サラールの前に氷の浮いたソーダ水が置かれる。安手の西部劇だとここでひともんちゃくあるものだが、ここは割と紳士揃いなのか、いちゃもんをつけてくるやつは居ない。

 前の町ではミルクを頼んだだけで、BGでの決闘にまでなった。余興めいてはいたが、当事者達は命懸けである。

 もちろん相手を叩きのめしたから、彼女は今ここに居られるわけだが。

 なんでそんな馬鹿な事をと思うかもしれないが、その時は『坊主(ぼうず)』呼ばわりされて、ちょっとだけサラールの乙女心が傷ついたのである。


 乙女と呼ばれる人種が、機動メカに乗って暴れるかどうかについては、あまり考察しないで欲しい。

 酒場はいつのまにか、いつものものらしい喧騒を取り戻していた。


「見ない顔だね」


 バーテンが、グラスを磨きながら彼女に向かって言ってきた。


「ベイを借りたいのかい」


 なるほど、このバーテンがベイ・マスターということらしい。


「そうよ。それと情報集め」


 からんとグラスの氷を鳴らしながら、サラールが言う。


「ほう、人でも探しているのかね?」

「まあそうね。『ヴァンパイア』っていう賞金首のBGを探しているわ」


 マスターの、グラスを磨く手が止まった。


「おまえさん、賞金稼ぎなのかい?」


 マスターが、意外な物を見るように言った。確かに女の、それもまだ十代の小娘が賞金首を追っているなど、そこらへんに転がっている話ではないだろう。


「まあね」


 サラールはマスターに向かって、あいまいに答えた。彼女の言葉に、マスターがわずかに肩をすくめる。深入りはしない、ということであろう。

 サラールはマスターと二、三のやり取りをしたが、目当ての情報は引き出せ無かった。仕方なく適当にマスターとの話を切り上げようと彼女が考えていたところで、横合いから男が声をかけてきた。


「やあ、どうも」


 それは無意味にさわやかな、丸眼鏡をかけた銀髪の男だった。

 歳は、二十代前半ぐらいに見える。白人で、膝ほどまでのすその長い黒服に、聖職者のような丸い帽子をかぶっている。

 きりりと締まった眉をしており、わりとイケてる二枚目半といった感じの男だ。

 そして「私にもソーダ水を」とマスターに言うと、頼みもしないのに、サラールの横のスツールに腰掛けてきた。

 しばらく沈黙があって、二つ目のソーダ水が置かれる。マスターはさすがというか何というか、我関せずといった感じである。


「赤い四足BGのブレイカーですね? 噂はさっき聞きました」


 探るように、男が話しかけてくる。


「バワーズです。バワーズ・ブロット」

「サラール・パンテラ。あなたがここの『顔役』?」


 サラールが問い掛ける。

 顔役というのは、その町のブレイカーの、元締めみたいな人物である。大概はベイ・マスターがそうなのだが、ブレイカーが務めている場合もある。


「いいえ。でも一目置いていただいています」


 バワーズはそう言うと、グラスを取って差し出し、乾杯の仕種をしてきた。

 サラールはそれに、応えなかった。だが鼻白む様子も無く、バワーズがグラスをあおる。


 ぶふっ! げーふげふげふ。


「わ、ばっちい」


 サラールが、半身を引く。

 炭酸を一気に煽ったバワーズが、飲みどころを誤ってむせ返っていた。慌ててハンカチを取り出し、口元を拭っている。


「どうも、失礼しました」


 涙目で、バワーズが言った。


 ──実はコイツ、只のコメディアンかもしれない。


 サラールが真剣にそう思っていた所で、バワーズがおもむろに、この町の説明を始めた。

 バワーズが無意味に作った笑顔は、やはりさわやかであった。


    ▲▽▲▽▲▽


 このセルバレーの町は、人口三百人ほどの小さな町だそうである。

 かつてのセラミック工場跡地にあるので、セルバレーという名前なのだそうだ。現在も工場は稼動しているらしく、それがこの町の主産業になっているらしい。

 この町の顔役は、ベイ・マスターのヘリトン。さっきのバーテンだ。

 このベイは、セルバレーでは唯一の酒場兼宿屋ということになっているそうである。ちなみに有事には、集会場も兼ねるそうだ。

 人口は少ないが、ブレイカーの需要はあるというのが、この町の特徴だそうである。工場を動かすには、結構なエネルギーが必要だ。日常的な、ジェネレーターの補給が必要ということらしい。

 そしてこの町は今、ちょっとした問題を抱えているのだそうだ。


「『モース解放戦線』の連中が出るんですよ」


 一通り(しゃべ)り倒したバワーズが、肩をすくめながら言った。

 モース解放戦線とは、ハウントの支配を脱するために組織された、武力抵抗組織である。通称はMLO(モロー)。Morth Liberation Organizationの略称から来ている。

 レジスタンスと言えば聞こえはいいのだが、その実態はかなり違う。多くの場合はただの野盗でしかなく、『物資の徴発』とか言って、略奪狼藉を働くのである。


 もはや彼らを、名前通りの組織とみなす者は居ない。というか、野盗がそう名乗って、有りもしない大義名分を振りかざしていると言った方が分かりやすいだろう。


「二度ほど夜襲をかけてきましたが、今のところ撃退しています」


 バワーズが、肩をすくめた。町の妙な雰囲気は、このせいのようだ。


「何か、ボク向きの仕事はある?」


 サラールが、バワーズに問う。


「それはヘリトンさんにお伺いした方がよろしいかと」


 バワーズが、マスターに向かって話を振った。


「保安官が助手を欲しがっているよ。今なら高給優遇ってとこだな」


 話を振られたヘリトンが、グラスを磨きながら言った。この場合の保安官助手というと、町の用心棒と表現するのが適切である。ここに居る何人かのブレイカーも、助手という名目で戦っているはずだ。


「そういえばあんたは? 宗教関係の人?」


 サラールの問いに、バワーズが苦笑を浮かべて答えた。


「そっちは家業なんですが、本職はブレイカーです。弱者の救済のために、日々戦っております」


 そして十字を切り、両手を組んで片膝を床につく。おお、一応サマになった祈りの姿である。


「マスター、この人、マジ?」


 サラールの問いに、マスターが苦笑顔になった。どうやらこのバワーズという男は、いつもこんな調子か、脳が茹だっているとしか思えないほど真面目らしい。


「ここで戦ってもキャラバンについていっても、どっちも稼ぎにはなるよ。あとは、あんたの適正次第だね。出来れば、町のために戦って欲しいがね」


 ヘリトンが言った。バワーズの事から話題を変えたいようだ。


「じゃあ聞くけど」


 サラールは、少し間をあけて問いかけた。


「『MLO(やつら)』の中に、黒いBGは居る?」


 その問いには、マスターより先に、バワーズが口を出してきた。


「リーダー格のBGは、黒っぽい重量級の二足型ですけど……誰か探しているんですか?」


 バワーズが興味ありげに、間合いを計って訊ねてくる。

 サラールは「まあね」とあいまいに答えると、ヘリトンに向き直ってベイと宿を借りる契約を取り交わした。


「助手の件はどうするね?」

「ちょっと考えさせて。明日返事をするから」


 サラールはそう言って、席を立った。

 砂漠のような荒野から抜け出たばかりなので、ゆっくり風呂に浸かりたかった。

明日も22時に更新いたします。

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