赤紅色のマッドピエロ 02
人類が宇宙に進出してから、もう数百年が過ぎている。
この『モース』という名前の惑星は、そんな人類が見つけた植民惑星の一つだ。恒星間を旅し、惑星を改造するほどの科学力を持った人類は、生物の気配もまばらなこの惑星に入植し、数十年をかけて地球型惑星に改造したのである。
だが入植から百年ほどが過ぎて、この惑星は植民星としての記録を抹消されてしまった。それどころか、現在は特A級の危険地域指定を受けているはずである。
なぜか?
情報化社会というシステムが崩壊した現在、その理由を正確に伝えているものは、そう多くはない。おおよそは現在の状況から、推察するしか無いのである。
ある日惑星モースは、とある存在によって、完全に支配されてしまったのだ。
惑星モースを支配した存在、それが『ハウント』である。
『幽霊』を名乗るそれは、一般にはコンピューターの集合体と思われている。
彼らはコンピューターネット上に突然出現し、それらをほぼ完全に掌握し、そしてほとんど一瞬にして、モースそのものの支配を完了した。惑星改造システムから日常生活に至るまで、人間はコンピューターに頼らずには、生きてゆけなかったからである。当時の人々は、コンピューター無しではレンジでチンすることも出来なかったのだ。
最初の数年間、人類はなすすべも無く、ただ静かな時間を過ごしたという。その間ハウントも、何かを強制するというようなことは無かったそうだ。
唯一、外惑星との交信を断たれただけ。惑星への出入りだけは、地上・宇宙の防衛システムを総動員して、徹底的に叩かれたそうである。いつのまにか過剰に配備されていた惑星防衛システムは、惑星連合軍の一〇〇〇メートル級宇宙戦艦さえ寄せ付けない、強力な防備をモース軌道上に備えていた。
そしてハウントの陰謀は、深く静かな所で進行していたのだった。
まず最初の予兆は、新生児の出生率が激減したことだった。新たに生まれる子供の数が、突然五パーセント以下にまで減ったのである。
推論はいくつもあるが、原因は今もって不明だ。ハウントによるBC兵器使用説を代表として、未知の風土病説など、当時は様々な憶測が飛び交った。
また、惑星上には人類の『生存圏』がハウントによって定められ、それ以外への開発・侵入が禁止された。その防備には、様々な機動兵器が充てられた。
今日『ハウントマシン』と呼ばれている、機動メカ達である。
モースという惑星の、さらに狭められた箱庭に住む生き物となった人類は、そこでやっとハウントの思惑をくみ取った。
それはつまり、緩慢なる人類の滅亡であった。
事ここに至ってやっと、人類は反抗ののろしを上げた。遅すぎたぐらいだ。
当時、シリコンチップを使用したソリコノイドコンピューターは、ほとんどすべてハウントの支配下にあった。ネットワークに接続していたコンピューターは、全部と思っていい。
つまり、高度な戦略コンピューターや戦闘機械に使用できるコンピューターが、無かったということだ。
そこで人類は、それに変わる新たな人工頭脳を、バイオテクノロジーとナノテクノロジーの中に見出した。
生体コンピューターの登場である。
イルカ類の神経細胞を、チップ上に培養して作られたこのコンピューターは、汎用性に富み、様々な機器に柔軟に使用する事が出来た。安価で生産性も高く、ハウントのハッキングも受け付けず、ソリコノイドコンピューターの使えない人類にとっては、切り札にも等しいシステムだった。
そしてこのバイオコンピューターは、より生物的な形態を持つ兵器ほど、相性良く性能を発揮する事が出来た。そしてそれは、搭乗者である人間を模して、人型へと進化していったのである。
そうして登場したのが、バイオコンピューターを搭載した人型機動兵器=ブレイク・ギアだ。微妙な差はあっても、当時も今日も、BGの基本概念は変わらない。
高度なコンピューター抜きの、一時はほとんど二十世紀後半にまで後退した科学力で、人類は約二〇年に渡って戦い続けた。バイオコンピューターもBGも進化し、戦果も着実に上がっていった。
実際、人類はハウント相手に、よく戦ったと言えるだろう。
だが結局、人類は敗北してしまった。
敗北という言葉が適当でなければ、志半ばで力尽きたと言ってもいい。
原因は色々ある。人口の減少、基本的な物量の差、科学力・技術力の格差、エトセトラエトセトラ。
軌道上の強力な防衛システムのために、地球からの増援も期待出来なかった。自我を持ったコンピューター、出生率を下げる謎の現象。科学者の知的考究心を刺激する事例を数多く持ちながら、地球政府は何もすることが出来なかったのである。
そして、モースは忘れられた星となった。惑星は見捨てられたのだ。
それから、五十年ばかりが過ぎている。
しかし、モース人類は滅亡していないし、戦いも無くなってはいない。
人間という生物は、今日もたくましく生きているのだ。
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説明が長くなった。
サラールは今、キャラバンの目的地だった、セルバレーという街に来ていた。中央に城壁のような高塀の工場があって、その周囲に、水がにじみ出た染み跡みたいに家と畑が並ぶ、小さな町だ。
あの戦闘の後、彼女はその場で、臨時雇いの護衛となったのである。キャラダインというキャラバンの隊長はわりと気前が良く、サラールが思っていたよりも、ちょっと色のついた報酬を払ってくれた。そしてそのまま護衛の依頼を持ち掛けて来て、雇い入れられたというわけだ。
行き先に特にアテがあるわけではないサラールにとっては、願ったり叶ったりの依頼だった。ここは『生存圏』の中だし、その中に居る限り、ハウントマシンの襲撃もまずありえ無い。あるとすれば、野盗が襲ってくるぐらいのものである。
先の襲撃では、キャラダインのキャラバンは、その生存圏のエンドラインをかすめたのだろう。地面に線が引かれているわけでは無いので、年に何度かはこういう事件が起こる。
そういう意味では、彼らは幸運だったと言える。最少の被害で済んだのだから。
サラールはキャラバンに、彼女が撃破したハウントマシンの残骸も引っ張ってきてもらってきていた。これがこの世界では、結構な収入になるのだ。
ハウントマシンには、『バニシングジェネレーター』というエネルギーシステムが使用されている。
外見は、平均的なもので長さ四〇センチ、直径一〇センチぐらいの円筒形。飲料水の、ペットボトルを想像してもらえばいいだろう。これにはくさび型に、特徴的な黒と白のラインが入っている。大きさはわりとまちまちで、大きな物だと小さな家ぐらいのサイズのものがあるらしい。
これは、何らかの方法でエネルギーを管内に封じており、端子から容易に取り出す事が出来るようになっている。出力も簡単な機械で操作できるため、大容量バッテリーと同じ要領で使用することが出来るのだ。
そのエネルギー効率は、人間が今まで作ったどのようなバッテリーや、エネルギーシステムをも上回る。
学者が考察するところによると、反物質を使用したなんだかんだを、対消滅現象がどうのこうのしてエネルギーを得るという、人類にはまだ未知のシステムだそうだ。目の前にあって未知というのもおかしな話だが、解明されていないのだからしょうがない。言うなれば、ハウントオリジナルのシステムである。『消失』の名前が示すとおり、使用済みのジェネレーターの中には、何も無い空洞しか残されないのだ。
そしてこのジェネレーターは、現モース人類文明のエネルギー事情を支えている、重要なエネルギーシステムでもある。
生存圏の中では当然、資源開発も限られてくる。化石燃料はとうに掘り尽くされ、核燃料もそれほど残されてはいない。何より、需要と供給、施設規模のバランスが取れていない。
もちろん、生存圏を出て資源開発するのは、論外だ。ハウントマシンの餌食になるのがオチである。
だがこのジェネレーターは、ハウントマシンなら必ず数個装備しており、彼らは生存圏を出れば、必ずと言っていいほど出現するのだ。またハウントマシンは、改造すれば作業用機械としても使用できる。
これらが生活に必要なエネルギーとなり、労働力となるわけだ。彼らは冷酷な監視者ではあるが、重要な資源でもあるのである。
そこでいつからか、サラールたちのようなBG乗りが登場するようになった。
BGは元々、ハウントマシンと戦うために開発された兵器だ。身長はだいたい八メートルから大型のものだと十二メートルぐらいで、人間用の銃器をスケールアップした武器を装備をしている。通常は腕に主武装を装備し、背面や肩、腰部に支援武装を装備する。
ブレイカーとは元来BGパイロットを指す言葉だが、ハウントマシンの『壊し屋』という意味が混じって、今日では定着している。こう呼ばれる人間は、荒事専門の何でも屋と考えてくれればいい。
そして彼らブレイカーの多くは、ハウントマシンを狩って生計を立てている。ジェネレーターやパーツを売って、金に替えるわけだ。
ジェネレーターの換金はキャラバンのような移動商隊でも行えるが、多くの場合は街ごとにあるブレイク・ベイで行う。
ブレイク・ベイとは、酒場兼、宿屋兼、情報屋兼、整備工場兼、駐機場、のようなものと考えてくれればいい。ブレイカーに必要な補給や休憩所の提供、整備、業務の斡旋など、まあとにかく色々と世話を焼いてくれる場所の事だ。血の気の多い連中の集まる場所だから、中にはいかがわしい宿屋を兼ねている所も多い。
明日も22時に更新いたします。




