ムーンライトセレナーデ2
ゲーム。
命の懸かった局面で許される言葉ではないが、金田は顔を上げた。
殺し屋は右拳を顔の高さにまで揚げ、親指と人差し指を開く。拳銃を象っているつもりなのだろうか、ギザギザの歯を見せ、にたりと笑った。
「俺が今から不可視の『魔弾』を撃つから、それをかわせたらアンタはここで見逃してやる」
「かわせなかったら?」
「死ぬ」
何でもないようなテンションで応える。友人と明日の予定を話しているときと同じくらいの気楽さで、他人の死を語る。ルツボ――ことさら殺し屋たちの間では日常茶飯事の話題でも日本から来た人間にとっては刺激が強い。しかし拒否できる立場にいるわけもなく、金田は渋々顎を引いた。どんな仕組みで銃弾を放つかは不明だが、何かの拍子に全力を振り絞って体を翻してしまえばいい。それでよけることができれば万々歳。自分は晴れて自由だ。
生憎、自分はまだ追っている大きなヤマがあるのだ。ここで引き下がるわけにはいかない。
「じゃ、この曲終わったと同時に撃つからしっかりよけろよ」
しっとりとした音が路地裏を濡らす中、「そういえば」と殺し屋が切り出した。
「フライドポテトって、あれ過去分詞形なんだよな。『fried』は『油で揚げられた』って意味合いになるだろ。アレに飛翔の意味合いはねえんだけどな」
「……お前いきなりどうした」
訝しがって眉を顰める金田に、殺し屋は手を振った。「曲が終わるまでの、ちょっとした息抜きさ。ジャーナリストならさぞかし学もあるんだろ。付き合えよ」
人差し指を揺らしながら、殺し屋は片手で髪を整える。
「で、俺はある日思ったんだよ。『空を飛んでいるフライドポテトはどう表現するんだ?』ってな。一応フライドポテトはそれが名詞みたいなもんだからさらに同名詞であるフライングをつける気がするんだが、それだと名詞が二つ並んだ歪な形になるような気がするんだよな。俺は英語に明るくねえから、そこんところエリート様からご教授願いたいんだよ。飛んでるフライドポテトは英語でなんて言うんだ? でも俺としては『Fried potato is flying』なんて中学生レベルのダサい文じゃないスマートさが欲しいんだ」
殺し屋の無茶ぶりに、金田はしばし唸る。
「そもそもポテトが飛ぶのはおかしい」
至極まっとうな正論に、殺し屋は下唇を突き出した。
「お前セックスした後にダメ出しするタイプだし絶対モテねえだろ」
「うるせえ」
むきになった金田に殺し屋は言葉のナイフを突き立てる。
「お前みたいなお上りさんは知らねえかもしれねえけどな、ルツボは何でもありなんだよ。幼女の両親がある日いきなり裏切られて殺されるし街中ではデカいコンテナトラックが開いてジャズ奏でるしひょっとしたらポテトも飛ぶんだよ。高学歴な記者サマならそのくらい想像力はたかせろよ」
まるで支離滅裂な主張と共に曲が終わった。「あ、じゃあ撃つわ」
先ほどまでのひょうきんさとは打って変わって、その眼は人殺しの色を宿す。右手の疑似銃を構え、金田の額に定める。
「俺が銃を跳ね上げたら弾が出るからな。しっかり見とけよ」
有無を言わせぬペースに、金田は反論する隙間も失う。
無音になった路地裏で、二人の呼吸だけが地を這いずる。
いつ来るかという駆け引きのなか、殺し屋が腰を曲げた。
「へぶしっ」
くしゃみだ。それに一瞬遅れ、金田の額に穴が空いた。後頭部から赤をまき散らし、開眼したまま息絶える。
鼻をすすりながら視線を戻した殺し屋が、眼前の惨状に呆然とする。
「おいまさか……」
自分の右人差し指を見る。
「今ので弾、出ちゃったのかよ」
息を吐き、その場にうずくまった。
「あー。今のは合図じゃねえんだよー。マジで締まらねえー」