幕間
午前七時半。ハイエースの中で、一人の男が眉の根に皺を寄せていた。ぶつぶつと呟きながら、愛銃のメンテナンスに勤しむ。
「すまんな『ウルフバーン』。もう頼れるのはアンタたちくらいなんだ」
黒人の大男――マルボロが窓枠に腕を預けながら話し始めた。
「日曜に仕事ってお前な……」
ウルフバーンと呼ばれた――通称ウルフは唇の片端を下げる。「俺だって暇じゃねえし、日曜の朝は大忙しなんだ」
その男は、五十歳手前といった風貌をしていた。痩せ気味の頬に白髪が混じりつつある髪を適当に流し、常に気だるげな眼をしている。社会の荒波に揉まれて疲れ果てた、サラリーマンに見えなくもなかった。無精髭も相まって、どことなくだらしない印象を受ける。
「でもアンタたちしかいないんだよ。引き受けてくれて助かったぜ」
ほくほくとするマルボロとは対照的に、ウルフの目線は冷ややかだ。
「なんで俺たちに頼んだ?」
何のことかととぼける仲介屋に、狼は続ける。
「お前には仲良しの殺し屋がいただろ。オールドなんとかとかいう、時代遅れのクラシカルキラーだ。ソイツはどうした。ソイツに任せちまえばいいだろ」
「アイツは……」なんと言えばいいのか迷い、黒人は両腕を広げた。「リフレッシュ休暇中だとさ」
それ以上追及する気はないのか、ウルフは息を吐く。「あの話、嘘じゃねえだろうな」
勿論だと、マルボロが頷いた。
「駆け込みの案件だったから報酬は三割増し。日本政府からもちゃんと言質を取ってある」
「そりゃ重畳」
吐き捨て、狼の準備が終わる。「そのくらいしてくれねえと、働く意味もねえからな」
ハイエースから飛び出す。耳元につけた通信機で、部下へ注文を飛ばした。
「行くぞお前ら。人質以外は全員殺していいとのことだ。いつも通り陣形組んで、メインの狩りは俺の命令があり次第実行しろ」
はいと威勢良く返る声を聞き届け、ウルフは目前の建物を見た。
「これまた随分、面倒なことをしでかしてくれたもんだ」
事件のあらましは、実に単純だった。
日本在住の大学生が面白半分でルツボ旅行に洒落込み、そこで運悪く混沌区域の住民に捕まったとのことだ。誘拐犯は身代金を要求し、応じないと大学生三人を殺すと脅迫。他国への体裁や国内の世論もあるため見捨てるわけにもいかず進退窮まった日本政府は、ルツボ内のプロに委ねたことになる。日本に大きな恩が売れるとなれば、拒む理由もない。
「日本はもっと軍隊送り込むくらいの姿勢見せろよな。それができりゃ俺たちだって日曜出勤なんてしねえのに」
「日本は軍隊ないぞ」
一応日本の新聞も読んでいるマルボロが注釈する。「自衛隊しか持ってない」
「もう何年軍隊持ってねえんだよ日本は。チキンプレイばかりしやがって」
だから諸国から舐められるんだよと呟き、p90を構える。
「十分以内にケリつけるぞ。俺には急ぎの用があるんだ」
了解と揃った返答を聞き、狼は駆け足にホテルへ乗り込んだ。