Get in Line4
勿論するだろ? と、マルボロが親指を立てる。しかし当のオールドは、深く息を吐いて酒を呷った。
「すまん、パスだ」
鳩が豆鉄砲を食らったように、仲介屋が目を丸める。
「なんだお前、女に振られたか」
「ちげえよ」
「偉大なジャズミュージシャンの命日だから喪に服してんのか」
「そうでもねえよ」
殺し屋は煩わしそうに手を振る。「とにかく、ここ最近は仕事の気分じゃねえんだよ。俺だって人間だ。ナイフ振り回したい日もあるしこうやって昼から深酒したい日もある。違うか?」
「別に違わねえが……」
言い淀み、マルボロは続ける。「昼から酒をガバガバ飲むなんて、アンジェラがよく許してくれたな」
あ。
誰かが呟いた。ソルティかもしれないし、インペリアルかもしれない。或いは遠い席の誰かかもしれない何者かが呟き、その場が奇麗に硬直した。
「あー、そういうつもりじゃなかったんだ。悪気はなかった」
明らかに落ち込んでいるオールドの肩を叩き、マルボロはそそくさと去る。「じゃあ、俺まだ別のビジネスあるから」
荒らすだけ荒らして逃げやがってと非難の目を向けながら、インペリアルが水を差し出す。
「まあ、俺だってかみさんに何度も逃げられそうになった身だ。そうメソメソするものでもねえぞ」
「そんなんじゃねえ」
子供が必死になるような、ある種ムキになった目で殺し屋が睨む。これは裏を返せば、「アンジェラが好ましくない要因で家から飛び出していきました」と自白しているに等しい。何ともこうしたところは嘘が下手なんだなと、店主は唇を釣り上げた。
「客がどんな飲み方しようが俺には関係ねえが、パブとはいえバーで泥酔なんでダサい真似はするなよ」
「ンなわきゃねえだろ」
強がって、水を飲み干す。さすがに酒を飲み慣れているだけあってか、自分の限界はわかっているらしい。ウィスキーを舐める程度に飲みながらも、水を堅実に飲んでいる。
何杯も水を飲んでいるオールドが、「そもそも」とくだを巻き始める。
「あの年頃は自分が成長した気でいやがる。ちょっと背が伸び始めたくらいで浮かれて、自分は何でもできるんだなんておめでたいことを考え始めるんだよ」
「ああ、そうだな」
酔った相手に対しては慣れたもので、インペリアルは話半分に受け流す。
「こっちが保護者してやってるのに向こうからは何もなしだ。ありがとうの一言も、なんにもありゃしねえ」
「その代わり家事はいっぱいしてくれているんじゃないのか」
バーテンダーは水を注ぐ。グラス五杯分なみなみと注ぎ、殺し屋に突きつける。「『してやっている』なんて考えているうちは、お互いなにも分かってねえぞ」
「妙に深長だな」
殺し屋の嫌味も、結婚歴ベテランには届かない。「結婚してこの方、ずっと尻に敷かれているからな」
インペリアルは自慢げに暴露する。何がそんなに楽しいのかと眉を寄せるオールドに、背後から声がかかった。
「お前があの『オールドファッション』か?」
その一言で、全てを悟る。
声をかけてきた人間はツルボの住民ではなく――『外』の男だ。
往々にしてこうして切り出してきたときは、殺しの仕事と相場は決まっている。加えてルツボ内での殺しなら、まず間違いなくマルボロを仲介する。それを一足飛びにショートカットし、『オールドファッション』という売れた名前に飛びつくのはルツボに入って日の浅い何よりの証拠だ。加えて、『オールド』と呼ばずにフルネームで呼ぶあたり如何にも無粋が極まっている。
――余所者か。
辟易とするオールドに、サングラスをかけた男が「頼みたいことがある」と切り出した。
「この赤ん坊を殺してくれ。手段は問わない。報酬は弾む」
写真を受け取る。同時に、腰に提げていたマリアに手を伸ばした。
左手で依頼主の首を掴む。向こうが何かする前に、右手で引き抜いたマリアを男の頬に押し当てた。
「一つ訊かせろ」
低い声で殺し屋が訪ねる。
「この赤ん坊、なんだって命を狙われてるんだ?」
男が見せた写真には、アンジェラが拾ってきた赤ん坊とそっくりな顔が映っていた。