Get in Line
グラグラと揺れる視界の中、オールドは緩慢に目を開けた。頭痛がひどい。二日酔いであることは、疑うまでもなかった。
アンジェラが赤ん坊を抱えたまま家を飛びだし、三日経つ。アレからオールドは結局ろくな食事を作るでもなく、出前や外食に頼りきりになっていた。アンジェラを弟子にするまではそれなりに料理を作っていた記憶もあるが、ここ数年で驚くほど生活力が衰退していた。それこそ、自分でも驚くほどに。
がんがんと、大きな鐘が鳴っているように頭が痛い。だらしなくベッドに寝転がったまま、力なく呻いた。
「水くれー。マジで死ぬから……」
手を伸ばし、十秒。この家には誰もいないことをはたと思いだし、唇をへの字に曲げた。気まずさを紛らわせるように、「水入ったコップが勝手にこないかなー」とぼやく。当然、来るわけがなかった。
転がり落ちるようにベッドから抜けだし、やっとの思いで水を注ぐ。コップ数杯の水を腹に流し込み、一息ついた。ソファに、体を大きく沈める。
あれからオールドは、アンジェラと一切連絡を取っていない。当たり前だ。あそこまでそっけなく接しておいて今更かける言葉が見つからない。向こうも意地になっていることは容易に想像できた。ほとぼりが冷めるまで、何もする気が起きない。
ソファに腰を掛けたまま、首を巡らせる。キッチンの片隅では、出前のピザや弁当箱が山をなしている。どれだけ自炊していないのか、見るだけで分かってしまう。
昼を目前に控え、殺し屋の腹が鳴る。畜生と呟き、空腹を訴える腹を撫でた。
いつも、休日であればアンジェラがパスタや昼食を作ってくれている。そのアンジェラがいないのだ。無論、食べ物もない。
腹が減った時に何もないことが、ここまでひもじいものだとは。
痛感し、財布を手繰り寄せる。そういえば今日は夕方から飲む予定が入っていた。ソルティたちと、インペリアルの店で飲む。いつもなら大喜びで乗り込むオールドも、それどころではないくらいに気持ちはささくれ立っていた。
「旧名古屋で暇潰すか」
誰に言うでもなく呟き、腰を上げる。一応ナイフ一式と銃を机上に並べ、服装を整える。誰も洗濯機を回さないせいで、洗濯物も面白いほどこんもりと籠に盛られていた。どことなく、漫画やアニメで見る山盛りの白米に見えないでもない。尤も、そんなに可愛らしいものではないのだが。
靴を履いて扉を開ける。なんとなく振り向いた。
「十一時は帰るから――」
言いかけ、頭を振る。
「どんだけあのチビに引きずられてるんだよ」
だっせえなと呟き、鍵を閉める。
さえない足取りのまま、殺し屋は町並みへ姿を落としこんだ。