It's All Right With Me7
「まさかこの歳になってまだ、赤ん坊のおむつを替える機会があったなんてね」
捲った袖を戻しながら、ネグローニは苦笑した。股間の不快感がなくなった赤子は、穏やかに寝ている。どうやら、排せつを訴えたかったようだ。
ネグローニ。ルツボが愛知県だったころからこの地を知る、生きる伝説だ。噂によれば傭兵やPMCとして無数の修羅場を潜り抜けていたらしいが、その実態は誰も知らない。しかし還暦過ぎとは思えない鍛え上げられた筋肉とルツボの混沌区域で平然と仕立て屋を営むあたり、まともな人間とは言い難いことは明らかだ。現役を退いた今は、時折アンジェラに獣の手ほどきをする程度である。しかし銃の使い方を見るに、熟練の年季が窺い知れる。
ここ数年で皺が増えたネグローニの顔を、アンジェラが見上げる。その眼差しには、尊敬が込められていた。
「すごいわネグローニ。素晴らしい手際よ」
「昔はよくやったものさ」
髭の生えた顎を撫でながら、左目を瞑る。「私たちが結婚したころは時代が変わり始めていてね。男も家事をしなさいと国から急かされていたものさ」
「男女平等参画社会ね!」
社会の授業で習ったらしく、アンジェラが素早く唱える。「そうとも」と微笑み、少女の頭を撫でた。
「人殺しをしながら普通の父親もできたんだ。我ながら、よくやったと思うよ」
そこでふと、アンジェラは思い至る。
「奥さんって……」
その一言に、ネグローニは口を閉ざす。撫でつけた灰色の髪を右手で軽く梳いた。
「ずっと私の、胸の中さ」
言葉の意味が、わからないほど少女も幼くはない。「ごめん」と呟き、目線を逸らした。
気まずい沈黙が流れると思われた中、ネグローニが破顔する。年不相応に幼い、悪戯小僧を彷彿とさせた。
「今からでも、俳優を目指してみようかな」
騙された。アンジェラが一気に頬を膨らませ、老人の肩を叩いた。「だましたわね!」
肩を叩かれたネグローニは、謝罪する様子もない。