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僕は殺し屋に向いてない  作者: 土竜道化
7/7

1話-⑥ 1話完結

数列に価値を見出だした者は、死神にメールを出す。

明確な殺意を乗せて、メールは確かに届く。

そして数日後、簡素な返事が死神から返ってくる。


あとは指示通りに動けばいい。


茶髪のお姉さんは死神に言われた通り、ビジネスホテルの一室にチェックインした。

午後10時、部屋の扉がノックされる。

チャイムが備え付けているのに、わざわざ、ノック。

「誰?」

ここのやりとりは重要である。

「ルームサービスでございます」

青年と思われる声。

「頼んでないわ。隣じゃない?」

少しの間。

「頼んでないわけないでしょう?確かに…」

【メールを頂きましたよ】

来た。本物。

美女は目を見開き、高鳴る胸を押さえて、扉のロックを解除した。

死神が扉を開き、中に入ってくる。

その時を、どれだけ待ち望んだか。


美女の身体から、完全に力が抜けた。

目の前に立っているのは、先程、猫舌なのにホットコーヒーを飲んでいた男だが、明らかに10代前半、下手をすれば義務教育を受けなければならないような

「ガキんちょ」

思わず口から漏れる。

言われた方はあっけらかんとしている。

カフェにはクレームを入れておいた。

せっかく金を払っているのに、システムが機能しなければ意味がないじゃないか。

たまに、ああして僕が、「メールアドレスを手に入れる道程」をチェックしないと、すぐにサボるんだから。

「呼んどいて ガキんちょはないでしょ。こう見えても歴戦の猛者ですよ」

タバコを取り出す手が、まだ慣れていない。吸い初めて間もないのかもしれない。

「あなたに、出来ると言うの?殺しが、遊びじゃないのよ」

青年の顔がシリアスに曇る。

「…遊びで、こんな代物をぶら下げてくると思うか?」

セカンドバッグから黒光りする拳銃を取り出すと、壁に向かって一発。

銃声。

確かに、やかましい音と共に鉛玉が放たれ、壁に掛かっていた絵画の天使、その右目を撃ち抜いた。

「…いいわ。打ち合わせを始めましょう」

美女の表情に真剣な希望が宿り、こう続けた

「どうやって、私を殺してくれるの?」


僕の完璧な殺しとは何か。

それは、証拠を残さず、華麗に、イレギュラーに柔軟に対応、念密な計画を持って、

依頼人を殺害することである。

僕は「自殺志願者専門の殺し屋」なのです。

依頼人がターゲット。

こんなに無駄を省いた仕事はない。

ターゲットが自ら、協力し、証拠を残さないよう、殺されてくれるのだから。

計画は、如何に証拠を残さないようにするよりむしろ、どうやって多額の金を保険会社から引っ張るか、そっちに集約される。

殺し屋のギャラも、主にそこから発生する。

その保険金で、依頼人は借金を返済したり、まぁ諸々の問題を解決する算段になっている。

「つまり、このホテルに訪れた男に殺害された。という形にするのが自然だ。銃殺だからな。俺が疑われないように、ダミーの証拠を山ほど用意する」

面倒臭いんだ銃殺は。

首吊りや飛び降りとは訳が違う。実際に他殺が行われるわけだし、でもそれは本人が望んだこと、しかし形としてはそう見られる訳にはいけない。

こんな回り道はない。


「だからあんたは、ここで…」

青年はキャンパスノートに細々とした走り書きを加えていく。

美しい。完璧な計画である。

「そういうわけでざっと、保険金がこれくらいだから、あんたの借金は返済され、生まれたばかりの子供にも迷惑がかからないってことだ」

美しい。完璧だ。念密、濃密な計画。証拠なんて残る訳がない。

「うーん。素晴らしい。ビューティフル!こりゃあ釣り銭でイタリアンに行けるね」

全ては完全にうまく行く。

「美味しい店見つけたんだよ。その後は、この季節やっぱりビアガーデンだよね」

完全にうまく行く。

「あ、財布欲しかったんだよね。そろそろ僕もブランド物持ってもいいお年頃じゃない?」

完全にうまく。

「あんた、連れてってあげようか?女の子連れて歩くと鼻が高いよね。あれ、あーそっか、死んじゃうんだっけ?こりゃ勿体ないね」

完全。でも。

「ねぇ」

美女の口から、声とも息とも判別つかない音が漏れる。

「私、なんでこうなったの?」

依頼人、兼、ターゲットはテーブルに額をつけ、頭を抱えた。

「なんで、あん時、あんな奴に、私、こんなはずじゃ…」

大粒の涙。

「知らないよ。そんなの」

ため息をつく青年の顔には、言葉通りの諦めと、言葉とは裏腹な、優しさが確かに滲んでいた。

「あんたがバカだからじゃない?」

くしゃくしゃなレシートを放る。

「下らない都市伝説を追って、たくさん手順を踏む気力があるなら、でかい声張り上げて助けを呼べよ」

まただよ。まったく。

「世の中、意外と捨てたもんじゃないんだよ。あんたが世の中を捨てなければさ」

レシートよりもくしゃくしゃの顔を上げた彼女は、少女のような言葉で話した。

「だって、しょうがないじゃん」「あたし、がんばったのに」「どうしたらいいの」

最後に

「そんなに言うならあんた助けてよ!」

青年はセカンドバッグからもう一冊、ノートを出した。

「はい。よく言えました。実はこっちの方が専門なのよ」

ノートに写していた通りの手順で、電話をかける。

弁護士やら病院やら、調べつくした「優良」な情報ばかりがノートにぎっしり詰まっている。

そして最後に、

「ほら」

携帯を彼女に投げた。

『香織!どこにいるんだ?心配してるんだぞ!無理な生活をしてるんだったら実家に帰ってこいと言ってるだろ』

彼女は大きな声で泣いた後、殺し屋から教えてもらった通りに「助けて!」と何度も喚いた。

その光景を見ながら、青年は深く深くため息をついた。

本当に、

「僕は殺し屋に向いてない」




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