1話-⑥ 1話完結
数列に価値を見出だした者は、死神にメールを出す。
明確な殺意を乗せて、メールは確かに届く。
そして数日後、簡素な返事が死神から返ってくる。
あとは指示通りに動けばいい。
茶髪のお姉さんは死神に言われた通り、ビジネスホテルの一室にチェックインした。
午後10時、部屋の扉がノックされる。
チャイムが備え付けているのに、わざわざ、ノック。
「誰?」
ここのやりとりは重要である。
「ルームサービスでございます」
青年と思われる声。
「頼んでないわ。隣じゃない?」
少しの間。
「頼んでないわけないでしょう?確かに…」
【メールを頂きましたよ】
来た。本物。
美女は目を見開き、高鳴る胸を押さえて、扉のロックを解除した。
死神が扉を開き、中に入ってくる。
その時を、どれだけ待ち望んだか。
美女の身体から、完全に力が抜けた。
目の前に立っているのは、先程、猫舌なのにホットコーヒーを飲んでいた男だが、明らかに10代前半、下手をすれば義務教育を受けなければならないような
「ガキんちょ」
思わず口から漏れる。
言われた方はあっけらかんとしている。
カフェにはクレームを入れておいた。
せっかく金を払っているのに、システムが機能しなければ意味がないじゃないか。
たまに、ああして僕が、「メールアドレスを手に入れる道程」をチェックしないと、すぐにサボるんだから。
「呼んどいて ガキんちょはないでしょ。こう見えても歴戦の猛者ですよ」
タバコを取り出す手が、まだ慣れていない。吸い初めて間もないのかもしれない。
「あなたに、出来ると言うの?殺しが、遊びじゃないのよ」
青年の顔がシリアスに曇る。
「…遊びで、こんな代物をぶら下げてくると思うか?」
セカンドバッグから黒光りする拳銃を取り出すと、壁に向かって一発。
銃声。
確かに、やかましい音と共に鉛玉が放たれ、壁に掛かっていた絵画の天使、その右目を撃ち抜いた。
「…いいわ。打ち合わせを始めましょう」
美女の表情に真剣な希望が宿り、こう続けた
「どうやって、私を殺してくれるの?」
僕の完璧な殺しとは何か。
それは、証拠を残さず、華麗に、イレギュラーに柔軟に対応、念密な計画を持って、
依頼人を殺害することである。
僕は「自殺志願者専門の殺し屋」なのです。
依頼人がターゲット。
こんなに無駄を省いた仕事はない。
ターゲットが自ら、協力し、証拠を残さないよう、殺されてくれるのだから。
計画は、如何に証拠を残さないようにするよりむしろ、どうやって多額の金を保険会社から引っ張るか、そっちに集約される。
殺し屋のギャラも、主にそこから発生する。
その保険金で、依頼人は借金を返済したり、まぁ諸々の問題を解決する算段になっている。
「つまり、このホテルに訪れた男に殺害された。という形にするのが自然だ。銃殺だからな。俺が疑われないように、ダミーの証拠を山ほど用意する」
面倒臭いんだ銃殺は。
首吊りや飛び降りとは訳が違う。実際に他殺が行われるわけだし、でもそれは本人が望んだこと、しかし形としてはそう見られる訳にはいけない。
こんな回り道はない。
「だからあんたは、ここで…」
青年はキャンパスノートに細々とした走り書きを加えていく。
美しい。完璧な計画である。
「そういうわけでざっと、保険金がこれくらいだから、あんたの借金は返済され、生まれたばかりの子供にも迷惑がかからないってことだ」
美しい。完璧だ。念密、濃密な計画。証拠なんて残る訳がない。
「うーん。素晴らしい。ビューティフル!こりゃあ釣り銭でイタリアンに行けるね」
全ては完全にうまく行く。
「美味しい店見つけたんだよ。その後は、この季節やっぱりビアガーデンだよね」
完全にうまく行く。
「あ、財布欲しかったんだよね。そろそろ僕もブランド物持ってもいいお年頃じゃない?」
完全にうまく。
「あんた、連れてってあげようか?女の子連れて歩くと鼻が高いよね。あれ、あーそっか、死んじゃうんだっけ?こりゃ勿体ないね」
完全。でも。
「ねぇ」
美女の口から、声とも息とも判別つかない音が漏れる。
「私、なんでこうなったの?」
依頼人、兼、ターゲットはテーブルに額をつけ、頭を抱えた。
「なんで、あん時、あんな奴に、私、こんなはずじゃ…」
大粒の涙。
「知らないよ。そんなの」
ため息をつく青年の顔には、言葉通りの諦めと、言葉とは裏腹な、優しさが確かに滲んでいた。
「あんたがバカだからじゃない?」
くしゃくしゃなレシートを放る。
「下らない都市伝説を追って、たくさん手順を踏む気力があるなら、でかい声張り上げて助けを呼べよ」
まただよ。まったく。
「世の中、意外と捨てたもんじゃないんだよ。あんたが世の中を捨てなければさ」
レシートよりもくしゃくしゃの顔を上げた彼女は、少女のような言葉で話した。
「だって、しょうがないじゃん」「あたし、がんばったのに」「どうしたらいいの」
最後に
「そんなに言うならあんた助けてよ!」
青年はセカンドバッグからもう一冊、ノートを出した。
「はい。よく言えました。実はこっちの方が専門なのよ」
ノートに写していた通りの手順で、電話をかける。
弁護士やら病院やら、調べつくした「優良」な情報ばかりがノートにぎっしり詰まっている。
そして最後に、
「ほら」
携帯を彼女に投げた。
『香織!どこにいるんだ?心配してるんだぞ!無理な生活をしてるんだったら実家に帰ってこいと言ってるだろ』
彼女は大きな声で泣いた後、殺し屋から教えてもらった通りに「助けて!」と何度も喚いた。
その光景を見ながら、青年は深く深くため息をついた。
本当に、
「僕は殺し屋に向いてない」