刹那の中にある未来
私は目を開けて、数秒の回想から覚める。
「なあ、一体どうしてこんなコトをしたんだい? 皆目検討がつかないよ……」
壇上の私達に歩み寄りつつ、『やれやれ』と手を上に向けて、お手上げというのをわざとらしく示しながら、一人の施設の職員が言う。
「いまさらね。どうして私と『トイ』を止めなかったの?」
「まず、君の部屋は当然監視・盗聴を行われているから、[muds]の生態系は私達にとっては目新しさはなかった。だけれど、今回のパーティで、君がこんなことをするという予測はしていなかった。だから、ずっと『私達』――つまり『ここの施設の職員という総体』は考えていたのさ。君がどうしてこんなコトをしたのか。そして、これからの君達に対して、どのように接するべきかというアイデアを出し合い、比較検討していた」
「やっぱり監視されてるのね――気持ち悪い。あと、薄々勘付いてはいたけれど、あなた達、施設の職員の脳みそって、どこかで繋がっているのね」
「そうだね、リンクしている。電子的なクラウドとしてね。頭の中のモノローグが、混在しないように整理され、情報の伝達を行う。メールソフトかソーシャルメディアアプリが脳内に存在しているようなモノだ。『私達』の中から廃棄される個体は、勿論除外されるけどね」
「そして、加えて言うなら、やっぱりあなた達は呆けているとしか言いようがないわ。私は被験体なのでしょう? だとしたら被験体のイレギュラーな行為は、多少暴力的だとしても抑え込むべきじゃあないかしら?」
「いいや、暴力的な手段なんて使わないさ。私達は君達に、『死』に類する気持ちよさを教え込み、生きる気力を奪うだけだ。管理はそれで十分だったし、これからも問題ないだろう」
「それと関連して、着替えや食事の介助まで行っている。施設の子供達は、自立心を持つコトが極めて難しい――だけれど、甘えが生じるのは子供達側だけの話じゃないわよね?」
「どういうコトだい?」
「あなた達自体も、自立しない子供達に甘えている――一種の共依存よ。生易しい、生暖かい、否定するモノが何も存在しないような、停滞した世界――それがココ。そして、あなた達もその住人に過ぎないというコト」
「なるほどねぇ……盲点だったよ」
ふむふむ、と顎に手を当てて頷いている施設の職員。だからわざとらしいんだってば。
私の中で急速に、施設の職員達に対する脅威度が下がっていくのを感じる。
それは勘違いかもしれない――それすらもただの演技や演出に過ぎないのかもしれない。
しかしながら、私は自分に『自立心』が芽生えた今この瞬間の機会を、逃すつもりはなかった。
「……話は終わった?」
どうやら、声をかける機会を伺っていたらしい『トイ』が言う。すっかりオドオドしちゃって。ますますトイに似てきたなあ。
それでも、コイツはトイじゃ、ないんだけれどね……それは当たり前の話だ。
そして、結局私はトイも『トイ』も、違った意味で好きなのだ。愛していると言えるかはわからないけれど、いつかそう言えるくらい、私がオトナになれたらいいな。
「それじゃあ、行こうか――ソギ」
そう言う『トイ』は、嬉しそうにはにかんでいて、私はその笑顔を見ただけで、生きていてよかったとか思えてしまうんだ。
だから、いいんだ。
別に失敗したっていい。どうにもならない――どうしようもない現実を知るだけだとしても、別にいい。
失敗したら、それですべてがダメなんて価値観は、私は嫌いだ。
失敗しても、ダメでも、それでも何か行動を起こし、選択する。そのことすべてに、きっと意味がある。
私はそれを信じる。
「一緒に逃げよう!!」
「うん!!」
手を引いてくれる『トイ』に頷いて、私は一緒に走り出す。
なんだか途中でその位置関係に悔しくなってしまって、『今度こそは』と私は先に躍り出て、『トイ』の手を引いた。もう絶対に放してなんかやらないから。
私達の住む世界と、外の世界、その間には『壁』がある。
私と『トイ』、自分と他人の間には、きっと『彼岸』とも言える距離がある。
しかし、私と『トイ』が今駆けるこの刹那は、絶対に『未来』に繋がっている。
せめて、この瞬間だけはそんな世界の中心みたいな気分に浸って――私と『トイ』は混乱を差し置いて、駆け続けた。
今日この日こそは――あの日とは違う、本当の『外』の世界に出るために。
新しい君との、心が繋がる刹那を知るために。
(完)




