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[muds] 死との境を越える禁忌  作者: 篠渕暗渠
10/12

死という名の彼岸

 そして、機会は訪れた。

 これまでの金持ちの顧客達を、ほぼ全員集めた、豪華絢爛なパーティが催されることになったのである(ほぼ全員というのは、来ていない人間もいるということで――例えば私の印象に強く残っている、あの枯れ木のような女性は来場していなかった)。

 施設内の祭壇は、私があずかり知らぬ場所だったワケだけれど、今回のパーティ会場は、絶対とは言い切れないが、新しく造ったモノなんじゃなかろうか。一から建築物を用意する時間はなかっただろうから、これまでの既存の建物の部屋を、いくつかぶち抜いて、大胆なリフォームを行ったのではないだろうか。そう思えてならないほどに、その大広間は実験に満ちたこの施設に相応しくない装いだった。目がチカチカしそうなほどに、煌めいている部屋だ。絨毯は真紅に金の縁取り。天井には草花をモチーフにした文様が描かれ、豪奢なシャンデリアも『あるべくしてある』みたいな自然さで吊り下げられている。そして種々様々な、私の見たこともないような料理が置かれたパーティテーブルが点在していた。

 一流ホテルのような内装だけれど、しかしホントの一流であるならば、逆にもう少しシックさを意識しそうなモノだ。金にモノを言わせたみたいな、悪趣味な――そういう悪趣味さが好きな人が集うための場所、といった風情だった。

 どうやら私が考えているよりも、私の『お仕事』は施設に金を貢いでいるらしいわね……うーん、複雑なキモチだ。でもまあ、少なくとも私の仕事は、今日を境に終わるだろうけれどね。

 そして、お金持ち達の醸し出す、どこか高慢な空気感を身に受けつつ、とうとう私に出番がやってきた。『司祭』役として、皆々様への挨拶を承っているワケだ。

 ただ、私が喋るのは、施設の職員が用意した、『司祭』としての言葉なんかじゃあないんだけれどね。

 壇上に上がった私は、お客様達を見渡した。それにしても、随分と肥えた人が多いように思える。全員が全員、身体を肥え太らせているワケではないけれど――それでも何だか、皆が皆、動作が緩慢に見える。贅沢を呑み続けると、人間こうなってしまうんだろうか。何だか皆して、生きることに飽いているようにも見えたけれど、それは私の穿った見方なのかもしれなかった。

 私は小さく会釈をしてから、口を開く。

「ご機嫌うるわしゅう、皆々様。お揃いのようなので、私からちょっとしたお話をさせていただきましょうか」

 ふざけた口調で、続ける。

「今日は、[muds]のことでちょっとしたご報告があります」

 ちょっとしたざわめきが起きた。

「これはとても重要な事実です。[muds]と『紐付け』された皆様とも、決して無関係ではない――それどころか、重大な関係があるコトですよ」

 私は少しだけ微笑んだ。笑い慣れていないから、多分不気味に映ったことだろうね。

「[muds]は本来、泥のような外見の生物です。それが対象の人間の脳みそと『紐付け』を行うことにより、その対象にのみ、思いを残した死人の姿と見えるようになります。これって、[muds]にとって、結構エネルギーを使う仕事だとは思いませんか? [muds]はそんなことを無償で行っているのでしょうか。そもそも、泥の状態の時から言えることなのですが……この生物は一体何を食べているのでしょうか? どんな生態を持っているのでしょうか?」

 私は言葉を切って、自分の放った言葉の効果を確かめようと周囲を見回す。皆、異様な目つきでこちらを凝視していた。気になって仕方がないと見える。

「人間は食べるために仕事をするとか言うらしいですね……[muds]も同じですよ。食べるために仕事をしている。食べるために媚びている。[muds]は対象の人間の思い入れの深い死者の姿に擬態する。それは対象となる人間にとっては、確かに得難い特性ですよね。でも、皆様は考えましたか? [muds]の方は何の得があって、死者の姿を借りるのかと。当然、[muds]側にも得がある。それは当然、対象の人間と付かず離れずの距離を保つためですよ――執着して、可愛がってもらうためです。だって、[muds]にとっては、私達人間そのものが――エサなんですから」

 ひぃっ、と悲鳴じみた呻きが聞こえるが、私は気にしない。

「もっと言えば、私達の脳みそが、ですがね。脳みそを食べられる、とか言うと猟奇的な響きですけれど、必ずしも脳みそそのものをグチャグチャと咀嚼されているというワケでもありません。理屈はもっと単純です。『紐付け』によって、[muds]は死者の姿を再現する。つまり、対象の人間から[muds]には『情報』が流れているということになりますよね。それと同じ理屈で、[muds]との『紐付け』が長ければ長いほど、[muds]は対象の人間の脳みそから『情報』を引き出し、食べています。[muds]に食べられた『情報』はすぐに失われるということはないでしょうが、段々と対象の人間からは失われていくでしょうね。そう。人間が次第に記憶を忘却していくように。

 そうですね――よりロマンチックな言い方をしましょうか。


 [muds]は、あなたと死者の『思い出』を食べているんですよ。


 そしていずれ、あなたの頭の中は空っぽになる。何も出来ない空蝉になる。ああ、これは『セミの抜け殻』という意味の方ですよ。

 つまり、それが[muds]の正体です。

 [muds]は、人間の脳内の『情報』・『記憶』・『感情』等々――そういったモノをエサにする――そのために擬態する、ただの寄生虫です」

 恐慌が会場を満たしていく。私にはそんな彼らが、とてもとても遠く感じられた。

「寄生虫という言い方は酷いよ……そんなことを言われたら、傷つくんだけど、ソギ」

 そして、金持ち一向は一瞬だけ静まり返った。

 私の隣にいる、[muds]であるはずの『トイ』の声が――つまり、本来なら私にしか聞こえるはずのない声が、自分達の耳にも聞こえてきたからだろう。それは彼らにとって、ありえないはずのイレギュラーのはずだ。

「いや、皆さん。怖がらないでください。僕の声が聞こえるように、一時的で広範な『紐付け』を試みているだけですから」

 しかし、もはや『紐付け』という言葉は、彼らにとって恐怖の対象となっている。混乱はいや増すばかりだ。

 その様子を見て、溜息を吐くかのような私の呟きを、マイクが拾った。

 もう、彼らに聞こえようが聞こえまいが、どうでもいい。

「ねぇ、『トイ』――私は純粋に疑問なのよ」

「なにが?」

「だって生者にとって、死者というのは、どうしようもなく彼岸にいる存在のはずじゃないの。生きながらにして死者に再会するだなんて、そんな禁忌を犯しているのにも関わらず、自分に何の罰も降り注がないと思う方がどうかしている」

「うーん。僕にはソギの言いたいことは今言ったソレとは、ホントはちょっと違うんじゃないかと……思うんだけど……」

「さすが、私の脳が丸見えの『トイ』ね。多分、私も想像力が足らなかったと思うのよ。だって、私は別に『トイ』に[muds]の生態について説明されても、ああそうなんだ、って感じだったし。

 だから、お客様には聞けば良かったよね。

 ――『その人は、あなたが食べられてもいいくらいに、愛している人ですか?』って」

 私にとっては、トイも『トイ』も、それくらいに当たり前に大事な存在だったけどなあ。

 自分の存在を差し出してもいいくらいには。

 自分の魂を投げ出してもいいくらいには。

 死は生にとっての彼岸である――そんなコトを言うまでもなく、当然のように、彼岸は存在した。

 それは、『私達』と『それ以外』という対岸――この施設と外の世界という、越えられない壁だった。

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