ずる休みと貝焼き味噌
目覚めると部屋は薄暗かった。夕暮れなのかそれとも夜明け前なのか、時の流れを見失ってしまったような不安な気持ちのまま思考の焦点が合うまでぼうっとしていると、次第に表から届いてくる物音が耳に入り、どうやらその日の日暮れ前であることが分かった。遠くから聞こえるいつものお豆腐屋さんのラッパの音が街に響いている。自転車で駆けながらなにやら言い合いをしている男の子たちの声が騒々しく通り過ぎていき、もしかしたら小学校の知っている男の子たちかしらと思う。そのままじっと耳を澄ませていると階下で人の気配を感じた。お母さんが帰っているんだ。後ろめたさで胸がきゅうと締め付けられる。それと同時にお腹もくぅと鳴き、物凄くお腹が減っていることに気がつく。
重い足取りでゆっくりと階段を下りると、お母さんは料理の最中で、何かを刻んでいるところだった。
「おかえり」
「あら、起きたの? 大丈夫? そろそろ起こしに行こうかと思ってたところだったの」
「うん、平気」キッチンのテーブルに着いた。目の前に置かれていたのは、ひとり用の小さな土鍋とホーローのミルクパンでどちらにも蓋がしてあった。
「お昼のうどんもほとんど食べてなかったでしょう。これなら喉を通るかなって作ってみたの」
お母さんが蓋を取ると、土鍋にはお粥が、ミルクパンには玉子とじのような料理が入っていて、どちらも湯気を立てていた。
「これは?」
「これはね、貝焼き味噌っていって、お母さんが小さかった時に具合が悪くなるとお婆ちゃんがよく作ってくれたんだ。お婆ちゃんの田舎の料理らしいんだけど、とっても美味しいんだよ」
「ふうん」
「お粥、お茶碗で食べる?」
「ううん、いらない。このままでいい」
レンゲを手に取り、お粥の表面を軽くすくって口に運んだ。だが、味はしなかった。口の中で数回掻きまわし強引に飲み込む。お母さんは再び料理に戻ろうと包丁を手にしたが、ふと思い出したというように振り返った。
「そうそう、さっき、りのちゃんから電話があったわよ」
「え⁉ なんだって?」
「寝ていますって言ったら、また後で電話しますって」
「そうなんだ……」
お母さんはちらりと私の顔を見たが、なにを言うこともなく、また野菜を刻み始めた。私はレンゲで貝焼き味噌の端っこをすくい、そのままお粥もすくい取って一緒に口の中に運んだ。口の中で玉子と味噌のまろやかなしょっぱさが広がり、今度のお粥は甘く舌の上で溶けていった。ごくりと飲み込むと、お腹の辺りが温かくなった気がした。