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憎しみの視線で人が殺せなくて本当に良かった

 閉じた瞼に陽の光が感じられる。


 朝か…。

 ひどい目にあったな。

 寝具の柔らかさに至福を感じつつ、「うーん」と背を伸ばす。


 地下に閉じ込められたり、狼男や魔法使いと戦うなんて、そういった才能は無いと思っていたけど想像力は豊かな方だったんだな。

 まぁ大戦中、しかも劣勢にあるアークラッド王国において、そんな才能は不要なんだけどな。


 背を伸ばしつつ自嘲気味に笑うと、陽の光に慣らすようにゆっくりと眼を開ける。


「やっと起きたか。亜人め」


 寝ている俺を覗きこんだ赤毛の少女が吐き捨てるように言うと、口をへの字に結んだ。


 印象的な燃えるような赤毛、気の強そうな大きな瞳にはうっすらと涙を浮かべている。スッと通った鼻筋、色素の薄い肌はアークラッド王国人のようだが、ここまでの赤毛はアークラッド王国では珍しいように思えた。


「アリル! お前は恩人に向かってまだ言うか!!」


 アリルと呼ばれた赤毛の少女の後頭部が、丸太のような腕で殴りつけられた。


「「痛い!!!!」」


 ゴゴン!と二度ぶつかる重たい音。

 後頭部を殴られたことでアリルの頭が勢い良く揺れ動き、その下にいた俺の額にピンボールのように直撃する。


「ああ! すいません!!」


 アリルの後ろにいる筋肉質の男が申し訳無さそうに叫ぶと、アリルの頭を大きな手で掴んで下げさせた。

 ああ、この少女が最初から涙目だったのは、この男に事前にも叩かれていたからか…。


「いてて…」


 額を擦りながら上体を起こすと、アリルは額と後頭部を擦りながら涙目で睨み、口はへの字に結んだままだが、その口からは唸り声が聴こえてくるような錯覚がある。

 え、俺が悪いの?


「あの、ここは?」


 インプラント装置を出て以来、何一つはっきりしたことが分からないという状況だったので、質問できる幸せを噛み締めながら尋ねてみた。


「ここはエイブラの村です。あなたに手助け頂いた食料プラントを中心に開拓された人族の村です」


「エイブラ? アークラッド王国のフェノム基地ではないのですか?」


「アークラッド王国…ですか? …いえ、ここはエイブラの村であり、近隣でアークラッド王国という名称は聞いたことがありません」


「…アークラッド王国を知らない?」


 ここで俺は、うーんと考えこんでしまう。

 相手も同様なようで、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるような顔をしている。

 アリルは相も変わらず額と後頭部を抑え、涙目で睨んでいる。

 憎しみの視線で人が殺せるのなら、そろそろ俺は死ぬのかもしれない。


 アークラッド王国は50年前から今なお続く世界大戦の引き金となった、世界最大の軍事力を有する大国だ。

 良くも悪くも国としてアークラッド王国の知名度は世界一だろう。

 それを知らない、となると、やはりフェノム基地で見かけたミイラの死後612年という数字は信憑性を帯びてくる。


 インプラント処理中に何らかの事故によって代謝の低下からコールドスリープに移行し、また何らかの原因によって612年後に復活したということか?


 士官候補を万一の事故から守るためにインプラント装置にはコールドスリープ機能が付いていることは電脳で確認出来たが、簡易のものであり600年以上も保持できるとは思えない。

 その上、解凍まで成功させるというのは奇跡以外の何物でもないだろう。


 うーん、と考えこむが、地下を掘り進み、やっと出会った会話できる人だ。

 2ヶ月の地下生活ですっかり一人上手になってしまったが、ここは会話を楽しみつつ情報を集めるべきだろう。


「なるほど、エイブラの村ですか。先ほど戦った狼男は何者でしょうか? あなた方が使っていたのは魔法…のように見えました。何かしらの兵器でしょうか?」


 素直な疑問を投げかけると、男はスッと顔を引き締めた。


「先程はご助力いただき、有難うございました。私はエイブラの村の軍務族長でアランと申します。この不肖の娘、アリルの父でもあります。あの獣人は食料プラントを破壊するために地下施設へと潜り込み、あと一歩の所で食料プラントを破壊されるところでした」


 アランはこちらに深く頭を下げる。


「あなたにご助力頂き、事なきを得ました。誠にありがとうございました」


「いえ、成り行きといいますか、こちらも狼男…いえ、獣人に襲われて危ないところでしたので、お互い様ということで…」


 アランは神妙な面持ちで顔を上げると、ニカッという擬音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます。ただ…」


 アリルの頭のガシッと鷲掴みすると、俺の前へと頭を中心に移動させる。

 操り人形のように頭、身体、足という順番でプラーンと横移動する。


「この馬鹿娘があなたに雷の魔法を放ってしまった事に関しては深くお詫び申し上げたい。何卒お許しください」


「…オユルシクダサイ」


 前々から謝罪するように言われていたのだろう。

 アリルがアランの謝罪にやまびこのように応える。

 この操り人形、呪われてるんじゃないだろうか。


「はい、お気になさらないでください…」


 それ以外の答えを許さない視線があった。

 私は貝になりたい。


「…謝罪を受け入れてくださり、ありがとうございます。宜しければあなたのお名前を伺えないでしょうか? また、何故あの食料プラントの地下から現れたのかもお聞かせいただければと」


 食料プラントの話をする際、アランの言葉には若干の緊張感があった。

 恩人だとは思っているが、信頼しきれている訳でもない、という印象だ。


「名乗るのが遅くなって失礼をしました。私はアークラッド王国フィグマ基地所属のミハイルと申します。なぜ地下から、という点ですが、アランさんが食料プラントと呼ぶ施設の地下18階でインプラント処理を受けており、その処理が終わったので出てきました」


 答えを誤魔化すことを考えたが、獣人やら魔法やら存在する世界、しかもアークラッド王国を知らないなどと言われてしまったら、何が正解か現状で判断することが出来ない。

 下手な嘘をついて邪神がーとか、悪魔の化身めーとか言われて火炙りにでもされたらと考えると、とりあえず正直に答えるのが正解だと思えた。


「地下18階、ですか!?」


 アランが驚きの声を上げる。

 その横で、アリルはアランを見上げ、ビシッと俺を指さした。


「父様、こいつは地下からやってきた邪悪な悪魔の化身です! エイブラの村を守る軍務族として、火炙りにするべきです!」


 もう何なの、こいつ…。

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