プロローグ
崩落した瓦礫を抜けると、そこは戦場でした。
「…なんだろう、この状況……」
2ヶ月前、目を覚ますと真っ暗な部屋に非常灯のライトだけが灯っていた。
アークラッド王国の士官学校を卒業し、士官候補生として南方の前線であるフィグマ基地への配属が決まっていた俺は、配属前に士官候補生としての電脳とナノマシンをインプラントするために同じ卒業生と共にアークラッド王国首都近郊にあるこの施設へとやってきた。
事前のブリーフィングで、インプラント手術と術後の処理で3ヶ月ほどインプラント装置に入るという説明を受けた。
それ自体になんの不安もなくインプラント装置に入ったのだが、次に目を開けてみたら部屋は崩壊、天井は崩落、インプラント装置も自分が入っていた物以外は瓦礫の下という、これが士官学校のOBから聞いていた緊急時の対応能力を見るためのグリーンカード(緊急対応プログラム)かと思ったくらいだ。
もちろん、エレベーターは動かず、階段は崩落して登れない地下へ2ヶ月も閉じ込められれば、それがグリーンカード(緊急対応プログラム)では無いことは身にしみて理解している。
幸い食堂の配膳システムと食料プラントは生きているようで、食料は問題無く確保できた。水も同様だ。空気も通気口が潰れていないようで据えた匂いはするものの呼吸に問題は無い。
後は状況を把握したかったのだが、非常電源に切り替わっているらしく、最低限の機器にしかエネルギーが回されていないようで食堂や廊下にある端末では情報を得ることが出来なかった。
食料プラントや配膳システムが生きていたのは何故だろうか。
インプラント手術が成功していたのは幸いだった。
電脳でこの基地の情報を調べた限り、非常電源へ切り替えた際には止まるはずの一部の施設へのエネルギー供給が止まっていないことが疑問だったが、それが止まっていたら食料が手に入らなかったことを考えれば、止まっていないことが有難かった。
邪魔な瓦礫をどかし続けて1ヶ月ほど。
地下18階から10階まで登った所で、初めて同僚に会うことが出来た。
物言わぬミイラであった為、挨拶を交わすことは叶わなかったけどね。
「端末を見せてもらいますね」
両手を胸の前で組み、アークラッド王国の国教であるニムバス教の主神ニムバスへ祈りを捧げ、ミイラと化した兵士の腰から、全ての兵士に配給されている情報端末を取り出す。
「状況はと…」
現状を知るために電源を入れるが、反応は無い。
「エネルギー切れか」
予想通りのエネルギー切れ。
ここまでミイラ化するまでにどれくらいかかるか分からないが、数ヶ月ではこうはならないだろう。となると、情報端末のエネルギー切れも予想出来るというものだ。
と、考えてると視界に入れたミイラの周りを黄色の罫線で囲まれ、頭に「ピピ」という小さな警告音が響く。
『アークラッド王国軍 フェノム基地警備兵 死後612年前後と推測』
視界に黄色の文字でミイラに対して情報が表示される。
頭で考えたことに対して、電脳が適切な情報を掲示したようだ。
死後612年。
ここに来るまでもちょいちょい表示されてた信じ難い情報。
信じられないというか、意味不明というか、信じてしまったら心が折れるというか。
インプラント装置に入って目覚めたら612年後とか、それインプラント装置じゃなくてタイムマシンなんじゃないの?
ここまでの道中も、木片や朽ちた機器からおおよそ似たような年代分析が返ってきていたので、驚きは無いが心情的には信じられない結果だった。
「とりあえず外に出なくちゃな」
ミイラの装備を回収し、地上を目指す。
そして更に1ヶ月後、手に入れた手榴弾を使って7階から6階へ続く瓦礫を破壊すると、そこは狼男が牙を剥き、魔法が飛び交う、なんともファンタジーな戦場でした。