ホームレス失踪事件 #1
午後10時。賑やかだった店内も、静寂に包まれ、聞こえるのは食器を洗う音と、パソコンのキーボードを叩く音だけだった。
「あのさ、ミーティング何時からだっけ? 」
食器を洗いながら、カウンターでパソコンをいじる女性に尋ねる。
「えーっと、10時だったと思うよ」
ハァ、とため息をつく。やっぱりこのチームには結束力とかそういうのがまるでない。
「招集したリーダでさえ遅刻とは、いかがなもんかね」
「毎度のことでしょ。多分、マホトとシンちゃんはもうすぐ来るって」
そう言った次の瞬間、チリンチリンと、来客を告げるベルが鳴った。
「やっほーい、呼んだかな? 」
「…ばんちわっす」
「お前ら三分遅れ…、まぁいいや」
「そうっすよー。アニキさんは時間に正確すぎまっせー。もうちょいルーズでもいいくらいっす! 」
「社会人として、時間を守るというのは当たり前の行動だ」
本当にこいつらは。まあ、まだマシな方だが。
この軽薄な野郎はシンゴ、メンバーのひとりだ。なんでもパルクールとかいうスポーツをやっていて、街中を駆け巡るのが大好きな変な奴だ。俺は若干嫌いだ。
「シンゴはいいとして、マホトはどうした? お前が遅刻とは珍しい」
マホトは最近メンバーになったばかりの新人だ。こいつはまだ社会を分かっていて、時間遅れするようなやつじゃないんだが。聞くと、ブレイクダンスをやっていて、普通ではありえない動きをやってのける。シンゴとは何か通ずるものがあり、私的にいいコンビだと思う。
「すみません、シンゴを待っていたら遅くなってしまいました。こいつ、キャバクラの女を口説いてたんすよ」
「そりゃ仕方がないな。全部シンゴが悪い」
「うぇー、俺っすか。しゃーないっすよ、ボンキュッボンのナイスバディだったんすよ」
「ふん、アタシの方がナイスバデーよ」
「えー、いや姉さんは…、なんか直線っすね」
「あんたのその趣味悪い端末にウイルス送り込むよ? 」
「ひい、いや姉さんにも需要があるはずっす! ってああ! 俺っちの端末にとんでもない数のメールがあああ! 」
「アタシを馬鹿にした罰よ」
このパソコン女はユカさん。主に情報収集などをやっている。チームの中では古株だが、俺もあまり正体を知らない。
と、いきなり玄関の方で轟音が鳴り響いた。
「お、どうやら来たみたいですな」
「全く。本当に遅いな、何時だと思ってんだ」
チリンチリン、とベルが鳴る。
「いーや、わーりわり。道草食ってたら遅れちった。あ、ラッチョは俺を待ってて遅れたから勘弁してあげて、な? 」
「いや、自分が悪いんす。ヘッドが道草食うことを分かっていながらそれでもさせてしまった。自分が悪いんす」
「いや、ラッチョは悪くない。悪いのはそこのダメダメ野郎だから、ラッチョは気にすんな」
「うう、アニキ。やっぱあんたは最高です! 」
こいつはラッチョ。時代遅れのスカジャンを着て、ごついバイクに乗っている元暴走族。今は解散した『横須賀ライダーズ』のヘッドだったらしく。どういうわけかこのチームに入った。
なかなか話の分かる奴で、最早こいつに仕切ってもらったほうがいいのではないかと思うくらいだ。
「さーて、全員揃ったな。んじゃ、ミーティングの始まりと行こうか! 」
そしてこのチームを束ねるリーダー。秋津トウジ。
計六人、これが俺たちのチーム『トリガー』のメンバーだ。
そして午後10時42分、俺たちのミーティングが始まった。
♯
「今日のミーティングは、コレだ」
ピロリッ、と全員の端末に内容が配布される。
内容に目にして、一番先に発言したのはラッチョだった。
「出門ライダーか…」
「そう、最近出門の野郎たちが活発に動き回っているらしい」
「そうらしいな、今日のカフェでもその噂話をしていた、サツと殺りあったって」
「ユカさん。情報頼む」
「はいはーい、事前調査は済ませてあるよん」
「流石は俺らのユカねーさんだぜ! 」
ユカさんはパソコンをいじくって、次のように話した。
「出門ライダーズは、もともと暴走族からの始まりで、近年それがチーム化し、今の出門ライダーズとなったらしいね。発足は5年前、暴走族との抗争で『横須賀ライダーズ』っていうチームと殺りあって敗北。その後すっかりおとなしくなって、噂じゃチームを解散したとかなんとか。けど、近頃動きがだんだん活発化してきてる。具体的に言うと、ここ三ヶ月頃かな。行動履歴としては…、うわーひっどいよこれ。銃を何丁か密輸入、脱法ハーブの売買、他にも色々だね」
不機嫌な顔でマホトは言う。
「ほとんど暴力団と成り下がっていやがるな。チームじゃねぇや」
「けれど、なぜ最近になって活動を再開したんだ? 団員でも集めていたのか」
トウジはラッチョに問う。
「ラッチョ、何か知らないのか? お前は『横須賀ライダーズ』のヘッドだったろ。『出門』潰したのはお前のチームだよな? 」
ラッチョは怪訝な顔をしながら答えた。
「潰したのは自分らのチームです。それは間違いありません。しかし、出門のヘッドはそんなことをするような奴ではないです。走るのが好きなだけの、馬鹿野郎でした」
「じゃあ、なぜ抗争したの。走るのが好きなだけなら別に争う必要もないんじゃあ? 」
「それは、あっちの団員が自分の所に喧嘩ふっかけてきたから、当時は売られた喧嘩は買う主義だったので、そのまま」
「なるほどな。まぁ、なんにせよ。今一番問題なのはそこじゃない。問題なのはコレだ」
また、ピロリッと端末に配布される。
「なになに、近々大規模な集会を予定…、だと? 」
「一体何の集会だ? 」
「そこまでは掴めていない、だが予定人数は500人近いらしい。只の噂だがな」
「そりゃなかなか多いな。どこからそんだけの人数を集めてきたんだ? 」
「これはあくまで予想でしかないけど、ホームレスから集めたかもね」
「ホームレス? なんでホームレス」
「最近ホームレスが少なくなっているっていう噂があるんだよ。それも三ヶ月前頃から」
「それって、出門が活動し始めた頃じゃないか」
「そうなんだよ、しかもホームレスっていうのはこれまた厄介で、いなくなっても気づかない」
「確かに、失踪事件っていうのは存在を認識しているから事件になるけど、ホームレスが失踪したところで何も感じないからな」
「そう、ホームレスにはほとんど人権がないといっても過言じゃないんだ。いうなればそこらへんの石ころみたいな扱いなんだよ」
「それを出門が拉致したってか」
「拉致したかどうかはわからないけど、まあそういう考え方もあるよね」
「じゃあ、脱法ハーブや銃の密輸入なんかは? 」
「資金調達かもね、ホームレスを抱えるってことは生活費を稼がなきゃなんないし、そんだけの人数養おうと思ったら、まともな方法じゃあ無理だろうし」
「なるほどな」
全員が納得する中、ラッチョだけが抗議をした。
「ありえません! あいつがホームレスを拉致なんて、考えられません。あいつは…」
トウジがその言葉を遮る。
「分かっている、これはあくまで推測だ、ラッチョ。しかしだ、集会の目的がどうであれ、俺らがこんだけの情報を持ってるんだ。当然サツも情報は掴んでいるはず」
「その通りだよリーダー。情報では警察はこれに対してそれ相応の人数を揃えてきてる」
「だろうな、もしもそいつらが戦闘なんぞになったら…」
「多分今までの比にならないくらいの被害が出る。当然一般市民も巻き込まれるかもね」
一同が沈黙する。
パンパン、とトウジが手を打つ。
「それで今回のミッションだ。この大規模抗争を未然に防ぐ」
それを聞いて一番に口を開いたのはマホトだった。
「不可能です、ここまで大事で、しかも取り返しのつかないところまで来てます。今更止めようなんて無謀すぎます」
「無茶でもやるしかないでしょ、これにはなんの関係もない一般市民までもが危険にさらされているんだぞ」
「何かいい案でもあるんですか? どこでやるか、そもそもいつやるのかも分かっていないのに」
それを聞いてトウジは得意げな顔をして、こう言い放った。
「まぁ少しは考えてある。それにはお前らの助けが必要だ。オレはこの抗争を止めたい。だから、お前ら。俺に協力してくれないか」
しばらくの沈黙の後、全員ケラケラと笑い始め。
「なにってんですか、あんたのチームだ。あんたの好きにしていいんだよ」
このチームは、意外と結束力があったのかもしれない。
初めての長編です!
見てやってください!