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その後数日間は、色んな人が私に会うためだけにギルド別館を訪れた。
元勇者様やそのパーティーメンバーだった人々は、ギルドでも特別な地位を持つのと同時に義務も背負っているらしい。そのために、ちょっと特殊な案件を扱う別館ギルド職員とは切っても切れぬ仲なのである。
「え、君日本人? 俺も俺も!」
そんな中出会った的場 英治、という17歳の男の子もまた、元勇者様だった。彼は非常にテンプレ通りの手順を踏んでいる子である。
いかにも、こう……。絵に描いたようなふつーの。わざとらしいほどに、ふつーの子だ。
顔も普通なら生い立ちも普通、学校の成績も、狙ってんのかと思うくらい軒並み平均。
学校からの帰り道に(ここだけは私と一緒だ)赤い髪の女の子が現れて、「あなたが勇者ね」とかなんとか言いながら否応なしにエイジ君を異世界へ誘拐。
お人よしの彼は言われるまま勇者になって、その女の子(お姫様で、剣士だったらしい)と、女の子のおねーさん(聖女様)と、魔法使い(ロリ系美少女)を連れて旅に出て、途中盗賊の女の子(ツンデレ)を改心させてパーティーに加えたり、旅の騎士(男装美女)と合流したり……。
あーはいはい、いいですよねオトコノコの夢いっぱいで、みたいなハーレム旅の末、魔王を倒す際に仲間を置いて(みんなを危険な目に遭わせたくないんだ、っていうアレ。男の自己満足だろ、それ)たった一人で突入。
刺し違える覚悟で禁呪を唱えたら、死ななかったけどこの世界に落とされちゃった、という。
「それで、本命は赤い髪のお姫様だったんですか?」
はっきり言って気になるのはそこだけだ。
エイジ君はきょとん、と目を丸くして、はにかむように笑った。
「あはは、そんなんじゃないよ。みんな、大事な旅の仲間だったんだ」
……鈍感奥手さえもテンプレか!
これってリューさんとどっちがタチ悪いだろう。あぁ、イラっとする!
ちなみに彼のチートは魔法系で、「詠唱短縮」というものらしい。いいなぁ、魔法。
私もほんのちょっとなら使えるようなのだが、ユリウスさんに禁止されてしまって、それきりなのだ。こっそり練習しようとしてもすぐバレるし。
くそぅ、なんの権利があって! まぁ、身元引受人だけど。
それから、困ったのはロボット系のお客様だった。
挨拶しようにも、うんともすんとも言わないタイプは特に。仕方がないのでエリスさんに通訳してもらった。
「ミズキさん。こちら、GRf9765さんです。グリフさんと呼ばれています」
「は、はじめましてグリフさん。えっと……」
「グリフさんは極秘任務の最中に落とされてしまったとかで、プロテクトが掛かっていてご自分ではしゃべる事が出来ないんです」
「そうなんだ……。難儀ですね」
エリスさんのチート能力がなんなのかはわからないが、彼女は恐ろしい特技を持っている。ハッキングである。
まぁ、自分自身プログラムだからな……。
この世界に来てしまう機械、ロボット系の「落とされモノ」さん達は、大抵何かの任務中なので、プロテクトがかかっていたりする。
彼らは高性能ゆえに、お仕事に必要な事以外は言わない、できないように設定されているのがデフォなのである。
しかしエリスさんは、そのプロテクトを解除したり、時にはメインプログラムのロジックを誤魔化すことで、彼らが自由に行動できるように作り変えてしまうのだ。
グリフさんの場合こうだ。
①任務の遂行のためには元の世界に帰らねばならない。
②そのためには冒険者ギルドとの協力体制が必須である。
③つまり、冒険者ギルドのために働くのは任務のうちである。
という思考をすりこむことで、とりあえずこの世界で自由に動けるようにしたのだ。
しかし、さすがのエリスさんも、グリフさんがおしゃべりできるようにはできなかったらしい。うむむ、ロボット残酷物語ってかんじ。
「今日はミズキさんの顔と声紋の認識をするだけです。今後助けが必要な時にグリフさんを呼べば、可能な限り駆けつけてくれると思います」
「……ありがとうございます」
なんだそのせいぎのみかた。
と、このように仕事なんだかただのお友達作りなんだかわからない日々のあと、ようやく私は本格的に受付嬢(って言うと、なんかすごく華やかなイメージじゃないか?)デビューを迎えたのである。
「ミズキさん、大丈夫ですよ! ボクもいますし、ユリウスさんもいます。何かあったらすぐに助けが飛んできますからね!」
緊張で顔をひきつらせていると、シバさんが、私より緊張した様子でふるふる震えながら励ましてくれた。
よ、よし、そうだよな、まずは笑顔だ! 作り笑顔だろうがなんだろうが、人間関係を円滑にするのは笑顔で間違いない! 笑顔、笑顔。
目が笑っていなくてもなんだというのか。笑顔を作ろうとするその気持ちが大事なんだ!
りりぃん……りりぃん……
お客様入口の開く音がして、私は口角を上げてから、頭を下げた。
「いらっしゃいませ。こちら冒険者ギルド別館、落とされモノ課でございます」
「知っている」
……うん。そりゃそうだ。ギルド別館入口をわざわざ潜ったくらいだから、知ってて当然だ。しかし!
様式美だよ、わかるだろ?
デパートでエレベーターガールのおねーさんが、どっかの階に停まるたびに「4階でございます。婦人服、ネイルサロン~~~~」とかなんとか説明してくれるの遮って「知っている」なんて言う無粋な人間いるか? 少なくとも私は見た事ねぇよ!
というわけで。私はめげずに続けることにした。
「こちらでは就職相談、住居探し、お見合い、戦闘訓練、パーティーのマッチング等々、できる限りのお手伝いをさせていただいております。本日は、どのような御用件でしょうか?」
ふぅ、言ってやった。
満足して頭を上げると、頭から雄山羊のような角を左右に二本はやしたヒトがひどく不機嫌な様子でこちらを睨みつけていた。
……ヤバ。終わったかも。