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私が日本からこちらの世界に「落とされ」て来たのは、18歳の夏。高校三年の夏休みのことだった。
受験対策の夏期講習を受けた帰りに立ち寄った神社で気を失った私は、気がつくと見知らぬ森の中に横たわっていたのである。
……そもそもな~んで神社なんかに行ったかなぁ?
実はその辺の記憶がすごく曖昧なんだ。受験のストレスで、ちょっと気分転換したかったのか? 合格祈願をしに行ったのか?
もしかしてテンプレ通り「私を呼ぶ声がした」のか? そんな理由だったら笑えるよなぁ……。そういう漫画読むたびに「いやいや怪しいから。君子危うきに近寄らずって言うじゃん」なんて笑っていた私としては、すごく、うん……。いや、やっぱり笑えないな、不覚にもほどがありすぎて。
とにかく私は、高校のブレザー姿でこの世界にやって来た。
ユリウスさんがミサさんを見て言った「あなたが来た時」云々はコレのことである。
私が落とされたのは最南大陸ゼレイドの、領主の狩り場だったらしい。らしい、というのはもちろん、当時の私が知る由もなかったことだから。
ただ、私の転送記録によればそうなっている。
狩り場という事は、狩られる側の生き物がそれなりに生息しているわけで、私はそりゃぁもう酷い目に遭った。
小型のドラゴンみたいなのに追いまわされたあげく、崖から落ちたのだ。
私、落とされすぎ!
で、まぁ、もう一度気を失って、次に目を開けたら今度は怪しげな部屋の怪しげな魔方陣の上に横たわっていたという……。
泣いたよ! あぁ、泣いたさ、わんわん泣いたとも。泣かずにいられるか?(だからミサさんの落ち着きっぷりには脱帽したね!)
しかも、私のチュートリアル担当者、ユリウスさんだからね? 人間大嫌い神経質完璧主義エルフのユリウスさんだからね! イジメか!
あぁ、なぜシバさんじゃなかったんだろう……。
いや、あの当時のギルド別館職員は、ユリウスさん以上に見た目が人間ぽい種族、いなかったからね……。人間以外の知的生命体の存在を知らない地球人に対するせめてもの配慮だったのはわかるんだけどね……。
まぁそんなわけで私の担当者になったユリウスさんは、眉間にしわを寄せながらもがんばった。
今まで奥さんに子供を任せきりで家庭の事には見向きもしなかったパパが、奥さんに出て行かれてしまっていきなり一人で子育てする事になりました、みたいな雰囲気を漂わせつつ、がんばった。悲壮感すら漂っていた。
ものすごく厳しかったし怖かったし容赦なかったけど、日本においては、20歳になるまでは未成年なのだという知識をどこかから仕入れて来て、成人するまで家に置いてくれたし、その間衣食住の世話からなにから全部焼いてくれたわけなので、感謝してます、はい。心から感謝してるんです……。(でももう二度とあの頃に戻りたくない)
色々あって、のっぴきならない事情から別館ギルド職員になった私は、家を出た今もユリウスさんの庇護下にいるようなもので。はぁ……。
だから疑似父娘ってからかわれ続けるんだ。よそにお勤めしたかったなぁ。
さて、ギルド別館職員になって初めてのお仕事は、お得意様達への挨拶回りだった。
まぁ、挨拶回りと言っても、向こうが来てくれたんだけど。
……いやいやいや、お客さまにそんな事させちゃいかんでしょう、と思ったんだけどね。別館ギルド職員が増えると、呼ばなくても来るんだって。物珍しがって。
一番最初に御挨拶したのはリュー……リューなんだっけ、まぁいいや。リューさんという魔法使いさんだった。
彼は元の世界では高名な賢者様の弟子で、兄弟子達を差し置いて勇者様のパーティーに推薦された、すごいヒトである。濃い藍色の長髪と賢そうな目、痩せ形、なかなかの美形さんなのだが。
「なんかさー、兄さん達が『やっぱ、勇者パーティーの魔法使いポジっつったらクール美形じゃね? 無口キャラじゃね?』っつーからさぁ、必死で口とじてたんだけどさぁ。そしたらオンナノコ入れ食い状態? ちょーラッキー?」
あぁ、口の中に石ころ詰めて縫ってやりたい。このアタマの悪そうな口調といい、不誠実なチャラさといい。ほんと、黙って無表情で突っ立ってろ! と言いたい。
リューさんは勇者パーティーにくっついて旅をする途中、そこらじゅうで女の子に手を出しまくった事を武勇伝のごとく語る語る。
あっちにオレの子供何人かいるかもなー、とか、もうサイテーである。クズである。切り落とされたらいい!(……首をね?)
結局、パーティーの女性陣が彼のために分裂し、つかみあいの大喧嘩になって、さすがにまずいと思って仲裁に入ったリューさんは、そのうちの誰かに背中を刺され……気が付いたら、この世界に落とされていたらしい。
しねばよかったのに、と思うのは私だけじゃないはずだ。
しかし、よく「そのうち背中から刺されるぞ」なんて言い回しは聞くけど、ホントに刺された人は初めて見たよ……。
そんなわけで私は、勤務初日に、リューさんという、最低のクズヤロウと知り合いになったのである。
彼のチートが「雰囲気作り:対女性」だと知ったのは、だいぶ後の事。