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天井からスクリーンが降りてきて、黒い画面に漢数字で三、二、一とカウントダウンが映ると、彼女はやっとおしゃべりをやめた。ただし、口は開きっぱなし。
まぁうん。気持はわかる。ファンタジー世界=ローテクだと思ってたんだよね。
だがしかし、先ほどちらっと言った通り、ここは異世界の知識が飽和しちゃってる上に、地球よりハイテクな世界からの落とされモノがあるくらいなんでね!
テレビだって、各家庭に一台とは言わないけど(政治その他後ろ暗い大人の事情により制限されてるんだ)、大衆食堂とか酒場にはふつーにあるから。チャンネル数少ないけど。
水洗トイレどころかウォシュレットもあるし。お風呂だって地球よりハイスペックなのがあるし。クーラーも電車もあるし、これまた使用制限あるけどネットもできるし。
携帯も、ギルド職員及び一部冒険者に貸し出されてるし。
だからもう、地球にあった便利グッズを広めてどうこうしようなんて、無理だからね? そういうのはあらかた、先に来た人達がやっちゃってるんで。
……後に来る人間のために出し惜しみしてくれればよかったのに。ねぇ?
『はっじめましてぇ! ようこそ、「冒険者ギルド別館」へ! ナビゲーターのアユミンでぇすっ!』
黒目黒髪で顔の1/3がお目々、4頭身の女の子が、きゃぴ、とポーズを決める。赤い膝丈の着物風ワンピースに魔法のステッキ、というデザインだ。
元々日本で魔法少女モノのアニメを作っていた「落とされモノ」さんによる、渾身の萌えキャラだそうな。彼のチートは「作画速度:通常の3倍」というもので、よくわかんないけどすごい人らしい。
その人、こちらでは著作権法が通用しないのをいい事に、既存の良作を記憶を頼りに片っ端からアニメ化(正確には、元々アニメだったのを更にアニメ化したわけだけどこの行為ってなんていうの?)して大成功したと聞く。
確かにある意味すごいっちゃすごいけど、クリエイターとしてのプライドないんか? 罪悪感ないんか?
『この世界には、不思議な装置があるんだよ!』
アユミンがステッキをさっと振ると、彼女の背中にトンボのような翅が生えて、そのままふわりと空に浮かんだ。ぐんぐん地上から遠ざかり、世界地図が映る。
……いつ見ても、明らかに人工物だよなぁ、この世界。
中央に丸が1つ。それを囲む8つの丸。これらの丸は全部同じ大きさである。残りは海。島などは特になし。
しかも実はこの世界、平面なんだぜ。誰の仕業か知らんが手抜きか!
『8つの外周大陸にそれぞれ1つずつ。そして、あなたがいる、ここ、中央大陸に1つ。全部で9つ』
真ん中の大陸が光って、アユミンが近付くと、今度は中央大陸の鳥観図に変化した。
『装置のどれかが光ると、この中央大陸のどこかに「落とされモノ」が現れるの。昔はそのまま、現地の人に保護されるのを待つしかなかったんだけど、今は研究が進んでこの「冒険者ギルド別館」に転送されるようになってるんだぁ。よかったね!』
非常にソフトに、さらっと流しているけれど、かつての「落とされモノ」は拾った人の所有物、奴隷扱いだったのでこれはものすごく大事な事なんだよ……。感謝しないと。
しかも、この魔法陣に転送された時点で翻訳魔法が自動で掛かるんだよ? アユミンもさぁ、その辺をもうちょっと解説してくれたらいいのに。
『「落とされモノ」というのは異世界から迷いこんだ人、動物、品物のこと。どうしてやってくるのかは、まだわからないの。色んな世界から色んな人がやってくるし、時間の流れも違うみたいだから……。でもね、一つだけ共通点があるの。それはね、「落とされモノ」はみ~んな、不思議な力を持ってるってこと!』
「おぉっ」
ソファーから、小さくガッツポーズをする気配がした。
あー、いや、あんまり期待しすぎない方がいいよ。発現する能力次第ではガッカリするかもしれないしさ……。
『でもね、だれがどんな力を持ってるかはわからないの。だからあなたはまず、目の前にいる担当者さんと一緒に暮らして、ここでの生活を学びながら、自分の力がなんなのかを探ることになるよ。職業訓練みたいなものだと思って、がんばろうね』
「あ、そうなんだ。よろしくです」
「……がんばってくださいね」
がんばって早く独立してくださいね、の略。
『この冒険者ギルドは、「落とされモノ」によって運営されてるの。互助会みたいなものだから、困ったことがあったらなんでも相談してね?』
ぴ! と人差し指を立てたアユミンの背景が、懐かしい風景に切り替わる。都会の雑踏、電車、田舎の風景、富士山……。これ見ると、すっごく帰りたい気持ちになるよなぁ。
あーぁ、家族はどうしてるだろう。元気かなぁ。
『冒険者ギルドは、遺跡を調査して帰る方法を探してるの。いつか絶対帰れるって、みんな信じてる。諦めないで、今を生きよう? あなたは一人じゃない、みんながいるんだから……』
日本人なら誰でも知っている曲をバックに、アユミンがフェードアウトしていく。スタッフロールが流れて「完」の文字。
えー、以上、大事な事がほとんど省略されているチュートリアルフィルム終わり。
「では、質問をどうぞ」
私としては、あのフィルムはあくまでも「いつかみんなで帰るんだよ。仲間がいるよ」と落ち着かせるためのものだと認識している。
あれはあれでいいんだろうけど、本当だったら、異世界人の地位はどんなものかとか、帰る目処はどの程度たっているのかとか、そういうことこそ教えるべきだと思うんだよね。
だから、是非ともそのあたりをさくさく突っ込んでくれたまえ! わりと血なまぐさい冒険者ギルドの成り立ちに絡めて、じっくり歴史を教えてあげるから。
しかし期待に反して、彼女はぽん、と手を打ってからにぱぁっと笑った。
「おねーさん名前なんていうの? あたし、ミサ。相川美紗っていうの!」
おっと、そういや自己紹介すらしてなかったか。久々に正確に発音してもらえそうな相手に、もったいない事をした。
「秋野満月。満月と書いてミツキです」
ミズキじゃなくて、ミツキなんです、と念を押して、私はにこりと微笑んでみせた。
最初が肝心。