1
「どこ行ってたの、ミツキさんっ!」
我が家のドアを開けるとそこには、仁王立ちで怒っているミサさんがいた。
あ、あれ? どうしてこの子がここに? 確かシバさんには、荷解き(っていうか家具の再配置)があるからもう一晩預かってくださいとお願いしたはず……。
「心配したんだからねっ!」
てっきりあの子達にもう退治されちゃったのかと、とミサさんはわけのわからない事を言う。退治ってなんだ。
「とりあえず朝ご飯食べながら、どこに行ってたのかじっくり聞かせてもらうからねっ!」
「え、食べてきちゃいましたよ」
「どこでっ?」
「ユリウスさんち」
「ユリウスさん? ユリウスさんちにお泊りして朝帰りですかっ! おかーさんはそんな子に育てた覚えはありませんよ」
誰がおかーさんか。ってゆーか昨日の夜私が帰ってこなかったのも知ってるって事は、やっぱりここにいたんだろうか、この子。
「言っておきますが、やましい事なんてありませんよ。お夕食ごちそうになって、客間に泊まらせてもらって、ついでに朝ご飯食べて帰ってきただけですからね」
そもそも、実家に帰ってなにが悪いのか。
私の主張に、ミサさんはなんだか複雑な顔で「可哀想なユリウスさん」と呟いた。えー、王子様が言うには、私の方がずっと可哀想な事されてるみたいなんですけどー?
「ところで、あのテーブルに乗っている黒いのは……」
「と、トーストです……」
「茶色くて平らなのは……」
「め、目玉焼き?」
「ミサさん、昨夜は何食べたんですか?」
「あ、昨日はお弁当買って帰って来たから」
「よかった……」
ミサさんって、食べるのは好きだけどお料理した事ないみたいだからなぁ。今日から少しずつ教えていかないと。
「とりあえず、トースターの使い方から始めましょうね」
「はぁい」
ミサさんに目玉焼きの作り方を仕込んで、シャワーを浴びて、かる~くメイクをして。あっという間に朝8時。出勤の時間だ……。
出勤途中、私はまたもやめんどくさいモノを発見してしまった。
……ジェレミーナXXX世さんである。
別館入口前に陣取って、やたらキレのある動きで伸びたり縮んだりしている。いっちに~いさんしっ、ご~ろ~くしっちはちっ、って、じゅ、準備体操っ?
ここで絡まれてはたまらないので、私はコッソリと遠回りして、裏口から入ることにした。
うぅ、なんだよ~。今度は何があったんだよ~、私のいない間に。
「あ、ミズキさ~ん。おはようございますぅ」
シバさんが、へにょりと耳を垂らして私を迎えてくれた。あ、見たんだ。シバさんも見ちゃったんだ、アレ。
「なんか、すっごい気合入ってましたけど。今度はなんのお仕事だったんですか?」
「下水管のお掃除ですぅ」
「ふむ」
この世界では、下水の処理は浄化魔法で行う。でも、家ごとに個別に処理するのではなくて、一か所に集めてから浄化する方式なので、下水管は必須なのだ。
お金さえ出せば浄化魔法の魔方陣は買う事ができるんだけど、ちっちゃいものでも高価なんだよねぇ。
「Y―6地区の集合ダクトが、最近流れが悪いらしくて。お掃除の依頼が来てたんです。一本道の部分限定だったし……」
地図もちゃんとみせて説明して、今度こそ大丈夫だって思ったのにぃ、とシバさんは嘆いた。
そうだよなぁ、見る限り問題なさそうだよなぁ。あえて言うなら衛生的な仕事ではないけど、それも承知の上で引き受けたんでしょ? う~ん……。
*****
始業のチャイムと同時に、ジェレミーナXXX世さんが転がり込んできた。文字通りローリングしながらの突撃である。もうやだこのスライム。
それでも仕事は仕事。私は営業スマイルを浮かべていつものご挨拶をした。
「いらっしゃいませ。こちら冒険者ギルド別館、落とされモノ課でございます。本日は、どのような御用件でしょうか?」
クレームだろ? クレームなんだろ?
私の横でシバさんが早速しっぽを丸めた。あれ、私には聞こえない音声でもう始まっちゃってましたか、そうですか。
「はい。ええ、そうです。はい……」
がんばれ! がんばれシバさん! そんな半固形生物に負けるな! がんばれ!
にゅにゅにゅにゅにゅっ!
「ええっ? そ、それは……」
ぐりゅりゅ……ぐりゅりゅりゅ……
「お、お気持はわかりますが、ギルドではどうしようもないですよぅ。ボクだって、なんとかしてあげたいですけど……」
サッパリわからん!
え、なんだろう。シバさんの様子がいつものクレーム処理と違う。なんか、共感してるような。あぁもう気になるぅ!
みゅみゅみゅ! みゅみゅっ!
「あ、はい。そうですね。ミズキさん」
「はいっ?」
「えーとですね、ジェレさんがミズキさんの意見も聞きたいと」
「えええええ!」
なんと。このスライムとはもう2年弱の付き合いになるけど、指名されたの初めてだよ。つーか私の存在、一応認識してたんか。ビックリしたぁ。
「それで、何があったんですか?」
「それが、例の下水道の中で……」
みょろろろろろろろろろろろろろろろろろ!
シバさんが説明しようと私に顔を向けたその瞬間、ジェレミーナXXX世さんが今まで見た事もないほど広がった。
赤い膜状にのびてカウンターを覆ったかと思うと、今度は一気に凝縮してゆく。
ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ!
異常事態だと、すぐにわかった。思わずカウンター下のボタンに手が伸びる。
しかしシバさんの叫び声で、私の指は目標を逸れて空振りしたのであった。
「う、生まれるんですかああああああっ?」
……ナニが?




