<EXTRA>4
「なぁお前、『落とされモノ』なんだって?」
「ふぇ?」
ミサがふりむくと、そこには子供の集団がいた。街中の、市場での出来事である。
この日のミサは訓練も講義もお休みで、午前中いっぱい豆シバちゃんを無理やりだっこしては嫌われ、撫でくりまわしては嫌われ、寝てるところをつついては泣かれ、と負のループに陥っていた。
だってだってかわいいんだもん、おさえられないんだもん!
しかし、豆シバの頭上で何かの警報アラームのごとく点滅しだした青い矢印をみて、これはまずいな、と思ったのだ。このままでは本当に修復不可能になってしまう。少し離れなくては、と。
でもあぁ、あのカフェオレ色の毛並みを見てると、手が! 手がわきわきして!
というわけで、シルヴァリエの妻からおつかいの用事をもらって、市場に出かけることにした。
いってきます、と手を振るミサを見て、豆シバちゃんがしっぽをぶんぶんと千切れんばかりに振っていたのは、うん。気にしない事にしよう。
市場に来るのは、ミツキに案内と称して連れて来られて以来初めてだ。
あの時は、初めて見る竜人さんや魔族さんや個性的なモンスター種族さんを観察するのに夢中で、お店にまでは目がいかなかったのだが、実に惜しい事をしたものである。
改めて見回せば、地球ではまず絶対見ないだろうな、という品物がそこかしこに積まれている。
蛍光の光沢を放つ野菜(?)、どういう仕組みか点滅している果物らしきもの、一抱えほどもあるどんぐりっぽいもの、種かと思うほど超ミニサイズの……カボチャ?
お肉屋さんのショーケースには、ミサが知っている赤いお肉だけではなくて、クリーム色だったり、オレンジだったり、地球人の感覚では本当にお肉なのか疑わしいようなものまでズラっと並んでいる。
中でもお魚屋さんはちょっと特殊で、客引きのおじさんの目の前にちっちゃな魔方陣が一つ置いてあるきりの、小さな店舗ばかりだった。
お店の屋根には船の名前らしき看板と、商品のラインナップの札が下がっていて、お客さんはその中から欲しい魚を注文するのだ。そうするとおじさんが指定の魚を召喚する、という仕組みらしい。
カオスだ。さすが、ごたまぜの世界だ。
ほんとにあらゆるニーズにお応えできちゃうんだろうなぁ、とミサは感心していた。
そこに突然、後ろから声を掛けられたのであった。
「えーと、うん。あたし『落とされモノ』だよ。キミ達、訓練所の子、だよね?」
幸いなことに、ミサはその子供達に見覚えがあった。
ミサはなんどか、彼らに接触を試みたことがある。実を言うと子供が大好きなのだ。将来は保母さんになりたいと思っていた。いや、今も思っている。
この世界に幼稚園や保育園が存在するのであれば。
そんなわけで、仲良くなりたいなぁと思って声を掛けようとしてはいたのだが、彼らはなぜか、ミサに対して一定の距離を保って観察するばかりで近寄ろうとしなかった。
あげく、その距離を縮めようとミサが動けば、途端に蜘蛛の子を散らすように逃げてしまうのである。
そんな子供たちが。自分から話しかけてくれた!
ミサは頬が緩むのを抑えられなかった。口調が生意気だろうが全く気にならない。先頭に立つ男の子以外、みんな怯えたような目でこちらを見ていてものーぷろぶれむ!
「お、お前、『暴食の魔女』の弟子だってほんとかっ?」
リーダーらしき男の子は、どうやら竜人の子供らしかった。
身体が大きくて、耳がとがって、先のほうが緑色。その上には鹿のような角が生えている。うん、ミツキさんに教えてもらった通り。
それにしても「暴食の魔女」って何だろう、新しい呼び方を聞いた。暴食というからにはミツキの事なのだろうが。それに、弟子というのもなんか違う気がする。
そりゃぁ、あたしはミツキさんに色々教えてもらってるし、おうちに居候してるし……。あれ、これって住み込みの弟子っぽくない? 暴食の魔女の弟子……。魔女の弟子!
か、カッコイイ!
「うん、あたしはミツキさんの弟子だよ」
響きのカッコよさに、ミサはつい得意になって胸を張った。
「ミツキさんちに住んで、色々教わってるんだ。まだこっちに来たばっかりだから、これから仲良くしてくれるとうれしいな」
「ほ、ほんとなのかよ……」
男の子達はざざっとあとずさった。
「ぼ、『暴食の魔女』って、オレ達食っちゃう怖い魔女なんだぞ! お前だってそのうち食われちゃうぞ!」
「ほへ?」
「だから! お前の事太らせて食べるつもりなんだって! 早く逃げろよ。あ、行く場所ないなら、オレ達の秘密基地にかくまってやるから! な、みんないいだろ?」
「う、うん、いいよ」
「ボクはリーダーに従います。でも、ヒト一人匿うとなると、色々必要なものがでてきますね」
「俺んち弁当屋だからさ。売れ残り、毎日こっそり持ってってやるよ」
「ぼくのもうふ、あげる……」
わいわい。
まるで拾った犬をコッソリ飼う話し合いのようなノリである。
ミサはサッパリ理解できないまま、それでもにっこり笑って「ありがとう」とお礼を言った。少なくともこの子達はミサのためにこんな事を言っているのだ。それだけはわかったから。
「でも、だいじょぶだよ。ミツキさんは優しいよ。あたし、お姉さんができたみたいで嬉しいんだ。……そうだ、ミツキさんが帰ってきたらみんなにも紹介するね。そしたら、怖い人じゃないってわかるでしょ?」
ミサの提案に、盛り上がっていた子供達がピタリと沈黙する。
そこかしこから「あ~ぁ」とガッカリしたような声が漏れた。
竜人の男の子は、可哀想なものを見るような目で溜息をついた。
「……わかった。まずは魔女を退治しなきゃいけないんだな」
「え」
退治って、なに。ミツキさんを? あたしより剣が使えないらしい、ミツキさんを?
「待ってろよ、絶対お前を助けてやるからな!」
「え、え?」
「よ~し、みんな、作戦会議だっ」
子供達は一斉に「お~!」と声を上げて、どこかに走り去って行く。
ミサは、なんだかえらいことになったなぁと思いながら、呆然と彼らを見送ったのであった。
昨夜の振り替え更新です。
今夜の分はちゃんと、21時前後に更新します。




