11
丸一日、二日酔いと称して部屋に籠った。そして、眠った。眠りながら考えた。
結局、あの王子様は何がしたかったんだろう。いやまぁ、私に不信の種を植え付けに来たんだろうけどさ。
私の思考や行動はユリウスさんによって制限されていて、お人形状態なんだって。だからギルドから逃げ出せないんだって、要はそう言いたかったんだろ、まどろっこしい!
わざわざ人を追い詰めて、精神的に不安定にさせてから情報を与えるとか、やり口がセコいんだよっ!
あ~ぁ、普通の毒と違って、耳から沁み込んで心を侵食する毒はほんと厄介だよなぁ。解毒のしようがないし。特に、これに関しては。
だってなんつーか、ほら……。
あり得ないって、言い切れないんだもんよ!
やるよ~、ユリウスさんならやるよ~。必要だと思ったら躊躇いなくそのくらいやっちゃうヒトだよ、ありゃぁ。でもなぁ。
もしそうだとして、それなら私は、どうしたらいいんだろう。
*****
更にそれから半日ぼんやり過ごして貴重な休暇を全て消費してしまった私は、お昼過ぎになってしぶしぶと「おうち」へ帰った。
私の部屋はギルドの独身寮の一室である。一人暮らし用にしては広めの贅沢な作りで、職務上新人さんが慣れるまで同居する必要があるので、2LDKの間取りになっている。
うぅむ、見事にがらんどうだよ。微妙に残っているあれやこれやのせいで、まるで夜逃げした後のようだ……。いや、見たことないけど。
ミサさんも、荷造りに来た時はビックリしただろうなぁ。それとも誰か親切なヒトが忠告しといてくれただろうか。
取り込み過ぎた家具をできる限り元の配置に近いところに取り出して、押したり引いたりしながら部屋を再現する。
いやぁほんと、その場のノリだけで馬鹿な事するもんじゃないよね……。まぁ、案外使えたんだけど。特にキッチン周りな!
ついでに模様替えしたり、「鞄」の中身を確認(ほら、あのジャガイモみたいに放り込んだままのものがあったら怖いじゃん? 特に生もの。……生ものはなかったけど、賞味期限切れのゼリーとか出て来たよどうしよう)したりしているうちに、窓の外はすっかり暗くなっていた。
さすがに疲れた。
これから自分のためだけに夕食作るのは、なんかなぁ。気が進まないや。まだ食欲もないし。
でも、落ち込んでる時にお腹空っぽのままだとますます無気力になるんだよなぁ。
よし。リゾットでも作ってもらおう!
私は立ち上がって、チェストの中から鍵を取り出した。
何を隠そう、ユリウスさんちの合い鍵である。引っ越すときに返そうとしたんだけどさ。どうしても持ってけって言うから。
寮から出てふらふらと歩いていると、あちこちの飲食店から良い香りが漂ってきて、うっかり引き寄せられそうになる。そんな自分をちょっと笑ってしまった。
なんだ、大丈夫じゃないか。ちゃんと、食べたいって思ってるんだ。
どうしようかな、わざわざユリウスさんにたからなくても、その辺のお店にふらっと入っちゃえばおいしいもの食べられるよね。テイクアウトするってのもアリか。
カレー、焼きたてのパン、うなぎ、シチュー、……これはなんだろう、独特のスパイスの香りがする。あ、モンスターさん用のお店か。じゃぁうん。私はいいや。ふつーにおいしいのもあるけど、ゲテモノにしか見えないものもあって、ちょっと……。
あや、こんなところにうどんやさんあったっけ? っつーかほんとに日本食には事欠かないよな! だから誰か、ワサビぷりぃず!
などなどと、ウィンドウショッピングならぬスメルショッピング(という言葉は多分、ない)しつつも、私の足は懐かしい場所へと向かっていた。こちらに来て2年間、ユリウスさんと一緒に暮らした家。
たった2年だけど私の中では第二の実家みたいなもんだ。目をつぶってたって、ってアレー、見知らぬ通りに出ちゃったよなんで? 再開発? へぇ……。というハプニングはあったが、それでも夕食にはちょうど良い時間に目的地に着いた。
さて、合鍵で突入するのは論外として、チャイムを鳴らすべきか否か。勢いでここまで来ちゃったけどアポなし訪問って迷惑だよね、やっぱり。
うぅむ、今から電話してみようかなぁ。「もしもしミツキです。今、あなたのおうちの前にいるの」、ってそれもなんか怖いわ。ますます都市伝説になってしまう。
うだうだ迷っている私の目の前で、ドアが開いた。
「お帰りなさい、ミツキ」
「た、ただいまです」
びっ……くりしたぁ。
「来る頃だと思っていましたよ。それで?」
ユリウスさんは、私に中へ入るよう促しながら、なんでもない事のように言った。
「王子様の口付けで、魔法は解けてしまいましたか?」
わぁい、直球ストレート。隠す気も誤魔化す気もありませんって開き直っちゃってるよこのヒト。あーもぉ、器用なんだか不器用なんだか。
私は、頭一つ分背の高いユリウスさんと、まっすぐ視線を合わせた。紫の瞳が妖しく揺れる。どんな答えが返ってこようとも、逃がすものかと雄弁に語るその眼。
変なの、人間嫌いのくせにさ。
……もういい。
私がこのヒトを慕う気持ちも。許してしまおうとするこの心も。全部、彼によって作られたものだとしても。
「いいえ……。悪い魔法使いの呪いの方が、ずっと強かったみたいです」
だって私、結構幸せだもん。まだこのヒトの檻の中で、気付かないふりして眠ってればいーじゃん。
ユリウスさんは私の答えを聞いて、それはそれはレアな、優しい笑みを浮かべた。
「それはよかった」
「はい。あ、お腹すいたんでリゾット作ってください。チーズとトマトのやつ」
「いいですよ。良い子にしていたご褒美に、なんでも作ってあげます」
「……ペテン師」
「世間知らず」
私達はにこ~っと微笑み合って、キッチンへ移動した。
ごめんねお節介な王子様。私はあなたの手を取れそうにない。
……少なくとも、今は。




