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絶対にここにいてはいけないヒトの存在に、ぶるりと身体が震えた。
「なっ……どっ……かっ……?」
なんで? どこから? 監視の人はっ?
喉がひきつってぱくぱくと口を動かすことしかできない。
一方、相手はいつもの読めない笑みを浮かべたまま、「はて」と首をかしげる。
「最近の言葉の省略っぷりはすごいですねぇ。僕はもう付いていけないかもしれません。ええと、『な』にをしていたの私の王子さま、『ど』うしてもっと早く来てくれなかったの、『か』なしくてつい飲んだくれてしまったわ、ですか?」
しらじらしく見当違いの事を言われて、私はぶんぶんと首を横に振った。
「おや、ちがうんですか」
こくこく。
「ふぅん……」
彼は私の目の前で膝をついて、こちらへにじり寄って来る。うぐ、なんかその、身の危険を感じるんですが!
「お酒臭いです」
文句があるなら、離れたらいいじゃない!
っつーか酔いは冷めたものの、まだ苦しいんですけど。あんまり刺激されると大変な事になりそうなんでほんと、頼みますよ。
「小鳥ちゃん、今日は随分楽しそうでしたねぇ」
見てるこっちも楽しくなっちゃいましたよ、と、彼は悪びれる事もせずにストーキングを暴露した。こええええええええええ!
「ひ、暇なんですかっ?」
なんでお仕事掛け持ちで忙しいはずのアンタが私の観察なんかしてたんだよ。いつもは、ちょっと絡んでもすぐどっかに行っちゃうくせに。実は結構分刻みでスケジュール入ってるくせにっ!
真っ青になってガタガタ震える私を楽しそうに見つめる彼。ひぃ、まるで恋人に向けるような笑顔だよこええええええええええ!
「祭りっていうのは格好のチャンスなんですよ。人ごみに、浮足立った空気、よせばいいのに出てくる要警護対象……。小鳥ちゃんも身に覚えがあるでしょう?」
はいっ! 実に反省しておりますです!
「というわけで、こちらで仕事をいくつか、ね。もちろん、小鳥ちゃんに会うのも大事な用事の一つですよ?」
「そそそそそれはどうも?」
「お見舞いに行けなくてすみませんね。でもどうせ、元気だったんでしょう?」
「元気でしたけどなんであなたがそのこと知ってるんですか!」
そうだよ、まずそこからなんだよ。
彼が「私が中央大陸にいない」うえに「入院している」ことを知ってるなんて、ふつーに考えておかしいじゃん? 私の知り合いに、彼にそんな情報漏らす人いないよ?
「そこはまぁ、蛇の道は蛇ですよ」
「なにそれこわい」
「間違えました、愛の力です」
「もっとこわい」
うぅ、なんだよ、ほんとに監視っつーか警備っつーか、あのおにーちゃん達はどうしたんだよ。まさか、まさかとは思うけど……。
「あぁ、彼らに危害なんか加えてませんよ。嫌ですねぇ、見縊ってもらっては困ります。僕はこう見えて、プロなんですから」
「お金にならない殺しはしませんか」
「いえ、損するような殺しはしないんです」
境界線が曖昧だな!
「あの忌々しい『鳥籠』の中ではさすがに自由には動けませんがね。小鳥ちゃん、ここは『お外』なんですよ?」
僕にとっては自分の庭でかくれんぼするようなものですよ、と楽しそうに笑う不審人物。そっか、ギルドの警戒網も、この人間離れした王子様には意味がないのか……。
え、でもおかしくない? 「落とされモノ」でもない、チート持ちでもないこの人が、そんな。最高のマニュアルと、最高の装備と、そして最高のシステムを掻い潜るなんて。
彼はすっと笑みを消して、代わりに細~く目を開けた。紅い虹彩がちらりと覗く。
……こんな間近でこの人の目を見るの初めてだ。
「あのねぇ小鳥ちゃん。ギルドに服ろわないバケモノって、案外いるんですよ。ギルドの中にも、外にもね」
お金や保護と引き換えに、とっても役に立ってくれるんです、と囁きながら、彼はゆっくりと私を腕で囲った。あ、ちょ、ストップ。
「僕はバケモノは正直苦手です。だってそうでしょう? 自ら努力した結果でもないのに、たかが有象無象の分際である日唐突にその身に余る力を得るんです。真面目に生きてるこっちは腹が立ちますよ」
ま、真面目に?
あ、いや、そうですよね、真面目にお仕事してますもんね……。
「それは、でも。『代償』だから……」
「本来所属する世界を失った? でもあなた方はこの世界を乗っ取ったじゃないですか。中央大陸を支配し、金と力で世界を牛耳って。ギルドのやり方は強引でいけすかない。あなたも今回思い知ったでしょう?」
それを言われたらぐぅの音も出ませんが。
冒険者ギルド設立の歴史なんて、どんなに美辞麗句で飾られたって、結局中央大陸の王族皆殺しにして住人追い出したって話にしか聞こえないもんなぁ。
そりゃ、バケモノって嫌われたって仕方ないかなって思わなくもない。
「あなたはもっとギルドに対して不満を持つべきだ。そうでしょう? けっして愚かではないはずなのに、あなたはいつも『何か』に目隠しをされているように、ただひたすらギルドに従順ですよね。不自然だと、思いませんか?」
「だって私、放り出されたら生きていけない、から」
「僕の手をとればいいんですよ。『鳥籠』の外にいる今がチャンスです。連れて行ってあげますよ、どこへでも。ね、『ミツキ』」
ことり、と手の中からコップが落ちた。入っていた水が絨毯に広がる。
撥水加工がされている絨毯の上で、それはころんとかたまった。ころころ、と2~3回転がって、私の服にじんわり染みてくる。
目の前の男の口から出る、毒みたいに。




