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魔方陣の中から出て来た女の子を見て、私は思わず立ち上がった。あ、あの制服知ってる! ってゆーか、私が通ってた中学じゃん!
モニター越しにはどこにでもあるブレザーに見えたんだけどなぁ。微妙に赤黒い色味を見たらすぐわかったよ。何故かリボンタイの先が二股にわかれてて、よその学校から「アナコンダ」って笑われてるんだよね。
お前らはアナコンダの舌を見たことがあるのか? と言いたい。
いやぁほんと、懐かしいなぁ……ってまてよ。
え、じゃぁなに? うちの近所に異世界トリップスポットが定着しちゃってんの? もしかして呪われてんの?
「あのぅ、ここはどこですか? 言葉、通じます?」
女の子は妙に冷静だった。最近の中学生ってみんなこんなもんなんだろうか。私がここに来たときなんか、その直前のこともあって腰が抜けて立てなかったものだが。
「あ、はい。わかります。日本の方ですね」
なんにせよ、落ち着いているならそれに越したことはない。これでパニクってぎゃん泣きされた日にゃ、面倒極まりないからな。
自分が滅多に泣かないせいか、他人の泣きやませ方なんてしらんよ、ほんと。
「遠いところからお疲れさまです。いきなりでビックリしたでしょう? さ、そちらにお掛けください」
愛想笑いしながら椅子をすすめると、彼女は複雑な表情を浮かべつつもおとなしく椅子に座った。
足をぱかんと開いたまま投げ出して座るその姿はけっしてお上品と褒められるたぐいのものではないが、電車の風景を思い出させる。懐かしい。でもやっぱり見苦しい。
私がこっちに来てすぐ、上司が厳しく躾けた理由がよくわかるわぁ……。
机のタッチパネルスクリーンをてふてふ、と叩いて、「人間」「地球」「日本」を選択する。
いやほら、一応頭に入っているとはいえ、このお仕事を実践するのは初めてなので、マニュアル開いておかないと不安でね。
「色々疑問がおありでしょうが、とりあえず説明しますね」
えーと。どのパターンでいこうかな。この子は、ここが異世界だってことを理解してるみたいだし、普通に口頭で説明、でいいかな?
「まず、ここは地球ではありません」
「あ、やっぱり。じゃぁあたし、なんで呼ばれたんですか? 言っときますけど、なんの力もないですよ」
「あーすみません、とりあえず質疑応答は説明のあとで……」
「異世界の人間だったら誰でもよかったとか言うんですか? 異世界人は魔力が豊富とか、異世界人にしか使えない武器で魔王を倒すとか、そんな感じ?」
「いえ、魔王は今のところ……いると言えばいるんですけど、倒さなくていいです」
なんだなんだこの子? なに言ってんのかよくわかんないぞ。なんでこんな矢継ぎ早に質問が出てくるんだ。私が来た時なんて(以下略)。
もしかして対応を間違えたんだろうか。やっぱり、最初はチュートリアルフィルムをみせるべきだった?
でもなぁ、あれもどうかと思うんだよな。対日本人用だけコテッコテのアニメなんだもん……。少なくとも私はドン引きした。
だってさ、いきなり見知らぬ薄暗い部屋に放り込まれて、妙にテンションの高いアニメでお出迎えだよ? なんの洗脳プログラムかと思うわ!
「え、じゃぁ、異世界の知識がほしいとか?」
「それも足りてます。むしろもう飽和してます。あの、お願いですからまずは説明を」
「じゃぁじゃぁ、偉い人の誕生日の余興とか? 女の子の数が足りなくて、少子化対策に呼んだとか? プレゼントとか? わ、私をペットとして飼うつもりっ? え、えっちなことされちゃったりしてっ?」
女の子はぎゅっと自分の身体を抱きしめながら、ほんのり顔を赤らめてとんでもない事を言ってのけた。
内容が酷い割にまんざらでもなさそうな様子なんだけど、一体、最近の中学生はどうなってるんだ?
「いえ、国勢調査によれば、男女比はほぼつりあってます。それから、ここは異世界人特別保護区です。少なくともこの地区にいる限りは、例え王族でも手を出せないことになっています」
あくまでも表向きは、だけどな。まぁ、万が一無理やり攫われるような事があっても、冒険者ギルドがそのメンツに掛けて全力で奪還することになっているので、たぶん大丈夫。多分。
そうでなくとも、冒険者ギルド敵に回すと、色々と不都合が生じるんだよこの世界。はっきり言ってギルドに牛耳られてると言っても過言ではない。ほら、地球だってさ、武器商人が世界を裏で操ってるらしいじゃないか。同じ同じ。
だから安心してくださいね、と微笑んだ私に、彼女は不満そうに口をとがらせた。
……子供相手に一々腹を立てるつもりもないから別にいいけど、アヒル口って、やってる本人が思うほどかわいくないよ?(にこっ)
「えー、じゃぁなんであたし呼んだんですか。用がないなら家に帰りたいんですけどぉ」
「……こちらをご覧ください」
この子は黙って説明を聞けない子なんだな、とやっと納得した私は、ぽちりとチュートリアルフィルムのボタンを押した。
……ちっ、最初からこうしとくべきだったぜ。