<EXTRA>3
ミサは天国にいた。
……死んでしまったわけではない。
言い直そう、ミサはもふもふ天国にいた。
ミサの担当者のミツキが仕事の都合で遠くに行ってしまってから、3日たった。ミサはその間、ミツキの同僚のシルヴァリエの家に身を寄せているのだが。
もふもふである。天国なのである。
シルヴァリエには妻子がいる。
妻は、一見シルヴァリエとはつりあわぬ屈強な狼の獣人だが、それでももふもふである。結構気さくで、肝っ玉母ちゃんタイプのおばさんだった。
そして何より! 息子が! 2歳になる息子が!
「えへへ~。毛繕いしましょーねぇ」
「やー!」
豆シバのようなその姿を見ると、ミサは構わずにはいられない。
ちょっと構いすぎて嫌われたような気がしなくもないが、うん。親密度があがれば大丈夫だと思う。
「ミシャさん、息子の面倒みてくださってありがとうございますぅ」
ほら見ろ、父親であるシルヴァリエもこう言っている。
だからアレは気のせいだ。
自分が構うたびに、豆シバの頭上に先端が下がった青い矢印が浮かんで見えるのはきっと、気のせいなのだ。
*****
「せんせー、どう思いますぅ?」
ミシャは、訓練所の教官に相談してみることにした。
「どう思うもなにも、はじめから話してくれなくてはわからないぞ、ミシャ」
それもそうですね、とミサは頷いた。
ここ最近ずっと悩んでいたので、すっかり説明したような気分になっていたのである。
「えっとですね。人の頭の上に、矢印が見えるんです」
こ~んなの、と、ミサは地面に2種類の矢印を書いた。
片方は、先が上向きにカーブしているもの。これは、赤い。「赤」と書き入れた。
もう片方は下向きにカーブしているもの。つまり、かわいい豆シバちゃんの頭上に出たもの。「青」と添える。
「最初は、異世界だし、てっきりそういう種族の人か、魔法なのかなった思ってたんですけど」
「では、来たばかりの頃から見えていたのか?」
「ん~、たぶん?」
ミサにとっても、いまいちわからない。その矢印はふっと浮かんでは消えるのだ。
気がつくと誰かの頭の上にぴこん、と現れる。
「例えば、今、私の上には見えるか?」
「みえないです」
「うぅむ」
おそらく、その矢印はミサのチート能力に違いない。シルヴァリエの息子の反応からするに、好感度具合を示しているに違いないのだが……。
ミサに、はっきり言ってしまっていいものだろうか。教官は口ごもった。
いやいや、もう少し突き詰めてからでもいいだろう。まだ情報が少なすぎる。もっとサンプルを集めてから結論を出すべきだ。
「他に、どんなときに見えるんだ?」
「え~と」
ミサは目を閉じて、できる限り思いだそうとした。初めて気がついたのはいつだったか。確か……。
「あ、そだ! ユリウスさん!」
「ヤツか……」
あの男なら、常に下向きの矢印が浮いていると言われても驚かない。
しかし、ミサは正反対のことを口にした。
「ユリウスさんが、ミツキさんとしゃべってるときに、たまに出ます。赤くて、上向きなのが」
「なんだとっ?」
「あと、あー、ミツキさんが言ってた、ストーカー?」
「あぁ、デリチェの王子か」
「あの人のお話ししたとき、ミツキさんの頭の上で青いのが出ました」
「ふむふむ」
「それから、えーと」
ミツキのお気に入りのパン屋の娘が、ある中年男性に接客しているときに赤いのが。
シルヴァリエの家のお隣に住むペンギンの獣人の男性が恋人と話しているときに赤いのが。
酒場のおねーさんが、絡んでくるよっぱらいににこにこしているときに青いのが。
……うん。
「これってもしかして、好き、嫌い、なんでしょうか。しかも、恋愛がらみの」
そうだ、どうして気付かなかったのだろう。色も形も、すごくわかりやすかったのに。
「えー、そっかぁ。私、豆シバちゃんに嫌われちゃったんだ……」
「あ、相手はまだ子供だ! 気にするな!」
「あーぁ、『ぼくおねーちゃんとけっこんするのー』とか、言われてみたかったんだけどなぁ」
「男のそういう口約束は真に受けてはいかんぞ。大抵、泣きをみることになる」
「せんせ……?」
「今のは忘れてくれ」
元勇者様も一人の女である。
「ん~。まぁ、構いすぎちゃったかなって、実は思ってたので! まだまだ挽回できると思うんです」
ミサはぐっと拳を握りしめた。
それよりも大事な問題がある。まずはそちらを考えなければ。
「せんせい、恋愛感情が見えちゃうのって、『七罪』に入っちゃいますかね?」
ミサに悪気はない。見えてしまうのは仕方がないと思うし、言い触らす気もない。
でも、プライバシーの侵害だと、怒る人がいるかもしれない。
もしもこの能力が「七罪」に入るとしたら、どんな名前が付くだろう。残っているのは嫉妬と怠惰。う~ん……。
悩み出したミサを前に、教官はぷっと吹き出した。
「いや、さすがにそのくらいでは『罪持ち』にはならんだろう」
この世界にはもっと、恐ろしい力を持った冒険者が山ほどいる。それに比べたらむしろ罪がないくらいだ、と思う。
自分の「直感」でも、人の好意は大抵わかってしまうものだ。今更ではないか。
……まぁ、ユリウスに関しては少し驚いたが。
「さぁ、ミシャ。まずはギルドに報告しようか」
すべてはそれからだ。
教官は優しく、ミサに微笑んだ。




