<EXTRA>1
少女は混乱していた。
なにせ、つい先ほどまで歩いていたアスファルトの道が突然消えたかと思うと、次の瞬間にはうっそうと茂る森の中にいたのである。
大抵の人間は、混乱する。
というわけで、彼女は眼を見開いて、前を見て、後ろを見て、左右を見回して、途方に暮れて天を仰いだ。空さえよく見えないほど、森は深いようだった。
緑、緑、緑。しかも、なんだか嫌な緑だ。子供の頃に読んだ本に出てきた、人を食べる怪物がこんな色をしていた。アレは、怖かった。読んだ日は眠れなかったし、今でもトラウマになっている。
かいぶつの、おなかのなかにいるみたい。
彼女はぎゅっ、と自分の身体を抱きしめた。心細さに膝が震える。
とはいえ、この状況には心当たりがあった。
「これってもしかして、異世界トリップってやつだよね? え、マジで? どうしよう」
異世界トリップ。漫画、小説、ゲームではちょくちょく見かける設定だ。
勉強が嫌になった時、親と喧嘩した時、学校に行きたくなくなった時。そんな時、彼女は想像したものだ。
異世界に飛ばされて、なんかすごい力をもらって、いつの間にかカッコイイ男の人達に囲まれてチヤホヤされて、それでもって世界を救ったりしちゃう自分。
きっと楽しいだろうな、あぁこんなところから逃げ出したいな、と思った事も、一度や二度どころではなく、あった。
だがしかし、今は困る。困るのだ。
だって今夜の夕食は大好きなチーズハンバーグだって言ってたし、お気に入りのドラマも続きが気になってるし、友達から2年間借りっぱなしの漫画をいい加減返してって怒られたばかりだしそれにそれに!
「ヤバいよぉ……。『呪ってやるノート』も置いてきちゃったし」
パソコンにはあらゆるパスワードを記憶させたままなので、妄想と夢にあふれたブログなんかもお母さんに見つかってしまうに違いない。
せめて、せめてそういうものを処分する時間がほしかった!
「あぁもう、誰かたすけてーっ!」
叫んだ途端、眩暈がして。瞬きしたら、青白い光の中に立っていた。森の中ではない、ここは部屋の中だ、とすぐにわかった。
前方からガタガタっ、と音がした。
音の方に目をやれば、見知らぬ女性がカウンターに手をついて立ち上がり、こちらを凝視している。
女性は黒い髪で、なぜだか日本人っぽかった。自分よりは年上だろうが、そんなに年をとってもいない。多分、大学生くらい? 結構可愛い、と思う。
ということは、黒目黒髪やら肌の色やらが珍しくてちやほやされるルートは潰れたなあ、とちょっとガッカリしてしまった。
ん? カウンター?
少女は再び、前を見て、後ろを見て、左右を見回して、途方に暮れて天を仰いだ。
縦長の部屋のようだ。教室と同じくらいの広さだろうか。窓は一つもない。光源は自分の足元(魔方陣っぽいな、とあたりを付けた)の青白い光のみ。
前方のカウンターによって部屋は完全に仕切られていて、その様子はまるでこちらを逃がさないためのバリケードに見えた。
カウンターの女性の真後ろに、ドアが一つだけある。逃げるとしたらあそこからかぁ、と少女はこっそり唸った。