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「上」
るーきゅんが、空を見上げた。
え、どこどこ?
私以外の皆様にはすぐにわかったようで、全員が同じ方向を見上げている。
しつこく雷光貫通を繰り返しているリオウさんさえも、視線をそちらに向けていた。
え、ぜんっぜん見えないんですけど。なにこの置いてけぼり感。
と思っていたらキラッと光る点を見つけた。点はぐんぐん大きくなる。つまり、降りて来てるって事か。
「……戦ったことある?」
「いや、ねぇな」
「この階層に飛行型の魔物がいるなんて知りませんでしたわ」
おいおい、なんだよそれどーすんだよ。そろそろ私にもその姿がわかるくらいまで迫ってんだけど。
その姿は戦闘機に似ていた。
でも、時折はばたいているところをみると無機物系じゃなさそうだなぁ。
金属光沢のある鎧のような外皮に覆われた、鳥?
プテラノドンっぽく見えなくもないけど、嘴があるし。それに手が見あたらないからなぁ。翼竜というよりは、鳥なんだろうなぁ……。
一番弱いのが誰なのか瞬時に判断したらしいその鳥は、私に向かって急降下してきた。
ひいいい、串刺しにされるうう!
思わずしゃがみ込んだ頭の上で、ばちばちばちっ、と音がして、悲鳴が響き渡る。
ぎぃぃぃいいいいいいいいい!
あ~、そういやこの円の中は、ヴィトちゃんのトラップとワンさんの結界で守られてるんだった。すっかり忘れてた。
でも、あの衝撃に何回くらい耐えられるのかなぁ……。
「ぼ、『ぼうしょく』さま、だいじょぶです。だいじょぶですからねっ!」
ヴィトちゃんが私にきゅっとしがみついて、背中をなでてくれる。
いやあの、うれしいけどちょっと情けないよ……。でもあぁ、もふもふが、もふもふがこんな近くに……。よし、今のうちに堪能しよう。
ふしゃふしゃ。(うっとり)
「上の方に巣があったのでしょうね」
半トランス状態のワンさんが、魔物の分析を始める。
器用な。いや、お仕事柄必須なスキルなのかもしれないが。
「遺跡内は、飛行による探索を禁じられています。かつてその方法で探索を試みたいくつかのパーティーが、消息を絶ったというのがその理由です」
ふむふむ。そういやなんか、禁則事項にそんなのあったような気がする。
「おそらく、階層の天井付近に生息していて、滅多なことでは降りてこないタイプなのでしょう。だから、我々の誰一人、見たこともなかった」
ヤツと戦ったパーティーはおそらく全滅しているのでしょう、とワンさんは冷静に締めくくった。
出会ったものは皆殺し。それが意味するところは……。
「ってことは、未知の『災禍』級、あるいは」
「『蒼褪めた馬』級……」
えー、「蒼褪めた馬」ってのはあくまでも地球出身者用の翻訳で、つまりは死神の乗り物の事である。
他の世界出身者さんには、それぞれの世界で語られる死神の乗り物、従者を指す単語が割り当てられているはずなのだ。
翻訳魔法の汎用性の高さ、パねぇ……!
まぁなんにせよ、「死」と共にやってくる、という意味は共通している。
都市伝説のようなもので、実力のある冒険者が消息を絶つと「蒼褪めた馬」級が出たんだろう、と噂されるのだ。
実在は絶対に確認できないレベルの魔物。なぜなら、見たモノはみんな死んでしまうから。
……って、ヤバいじゃん!
鳥は再び急上昇した。
「ヒットアンドアウェイ型かよ……」
イジェットさんが忌々しそうに上空を睨む。
ぐぬぬ、確かに忌々しい。
そこへ、後方から新手が現れた。一つ目の巨人っぽい何かである。
あー、あれは以前、テレビで見たことあるから知ってるぞ。
身体の大きさ自体は2メートルちょいで、遺跡内の魔物にしては小柄な方なんだけど、切りつけると体液の代わりに毒を含む炎を出すんだよね。
あと、かなり賢い。
しゃべらないけど、こっちの会話を理解しているとしか思えない行動をとる。でも、説得には応じてくれないので倒す以外ない。
後味の悪さをたっぷり味わわせてくれる嫌な敵なのだ。
うぅむ。私は耐火、毒軽減装備で毒消しもバッチリだけど、みなさんはどうかなぁ。
「えーと、そろそろ私のアレ出そっか……?」
おそるおそるるーきゅんにお伺いをたててみる。
さすがにこれからもう一体来るとなると、やっぱり私も守られてるだけのお姫様状態じゃダメかなー、とね。
でも、護衛対象が勝手に行動するのは問題だよなぁ。かえって邪魔になる可能性もあるし。
るーきゅんは迷わず頷いた。
「空のを」
げぇっ!
「え、それはちょっと難易度高すぎると思うよ?」
「引きずりおろして押さえつけて」
「護衛対象にやらせることっ?」
「いいから、やって」
「うぅ、……はい」
まぁ、こっちで飛行可能なのはキリルさんのみ、ワンさんももしかしたら手段があるのかもしれないけど、どっちも中~後衛だからなぁ。
非常事態だし、せめて他のを倒し終えるまでは私が持ちこたえるしか……。
「じゃ、じゃぁ、いきます。すみません、『折れぬ牙』の皆様、離れてください」
「ほぅ、『暴食』殿のアレですか。噂には聞いていましたがこの目で見られるとは」
こんな状況だというのに、ワンさんが妙にうれしそうに目を輝かせた。
が、学者さんって……!
「アンタ達はそのまま下がって、あの一つ目やってて」
そう言ってるーきゅんはゴーレムに向かって走り出した。なるほど、弱ってる敵からまず片付けようってことね。
あぁ、ゴーレムこそちょうどよかったのになぁ、私の相手。全部全部、リオウさんのせいだ!
でも今更グダグダ言っても仕方がないか。
私は覚悟を決めて、右手を突き出し(もちろん、円からはみ出ないように注意したよ?)、叫んだ。
「いでよ、オシリス!」
……叫ばなくても、出せるんだけどね?




