<EXTRA>2
ミサの通う冒険者ギルド戦闘訓練所には、午後になるとわらわらと子供達が集まってくる。
冒険者の誰かと楽しそうに稽古する姿を見て、てっきり遊びに来ているのだと思って微笑ましい気分に浸っていたのだが、どうやら違ったらしい。
彼らはここに、剣術や魔法を学びに通っていたのだ。月謝を払って。
たまたまその受け渡し場面を見てしまったミサは、思わず「うぅん」と唸った。ミツキではないが、冒険者ギルドの商売っ気にはほとほと感心してしまう。
そしてちょっとガッカリした。
だって、英雄に憧れる子供達に気のいい冒険者さんがコッソリ稽古をつけてやっている、という構図の方がどう考えても。うん。
そっちのほうがなんか絶対、イイ。
それなのにげんじつってせちがらい。ゆめもきぼーもない。
「どうした、ミシャ。遠い目をして」
「あ、せんせー」
ミサはこの教官の名前をしらない。初めて会った日に聞いてはみたのだが、彼女は困ったような笑顔で「教えられない」と断ったのだ。
この世界にはなるべく、自分の痕跡を残したくないからと。
そんなわけでミサは彼女を「せんせい」と呼ぶことにした。
「ミツキさんがこ~んな顔で、『ギルドは金の匂いに敏感なんです』って言ってたの、思い出しちゃって」
こ~んな顔、のところでミサは、わざと目をそらして曖昧に笑って見せた。どうだろう、うまくマネできたと思うのだが。
「ぶはっ」
教官は吹き出しながら「に、似てきたな」とほめてくれた。
「ミシャは、ミズキとうまくやっているようだな」
「はい、すっごく! ミツキさん、たまにいじわるだけどほんとは優しいんです。ミツキさんがいてくれてほんとによかった」
たまに意地悪なのもきっとアレだ。照れているのだ。あと、自分を甘やかしすぎないようにと、突き放すためにわざとやっているのかもしれない。
ほんとはきっと、もっと普通に優しくしたいに違いない。
「……ミシャは良い子だな」
「えへへ?」
なんかよくわからないけど頭を撫でられた。うれしい。
ミサは、優しい言葉の裏など考えない。その方が幸せに生きられることを、彼女は本能で知っている。
「まぁ、ミシャは運がいい方だと思うぞ。ミズキが来た時など、ユリウスに引き取られてなぁ」
「一緒のおうちに住んでたって聞きました! ユリウスさん、お料理上手だったって」
「だがアレは、他者にものを教えられるような男ではない」
教官の声のトーンがあからさまに1オクターブ下がった。
「ふぇ?」
「ユリウスは完璧主義者でな。自分に厳しく他人に厳しい。なまじ有能なばかりに、常に周囲に対して『なぜこのくらいのこともできないのか』と憤りを感じているんだ。ミズキは苦労したと思う」
それは、ミサとてなんとなく気付いていた。
あのヒトが美形じゃなくて脂ぎった小太りハゲかけのおじさんだったら、簡単に嫌な上司ランキング第一位を獲得できそうだ。
あのヒトが現れるとほんわかした受付カウンターに妙な緊張感が走るので、できればずっとオフィスに引きこもっていてほしいな、とミサは思っている。
「ミズキの能力が発現してからは特にな。まぁ、アレも必死だったのだろうよ。なにせ、ミズキを処分対象にという話もあがっていたからな」
「えっ? え、なんで? なんでも入っちゃう便利な鞄なんですよね?」
ミサにとって、ミツキの能力は終業式の日に手ぶらで帰れて楽そう、くらいの認識しかない。それから買い出しとか、引っ越しとか。
「あの鞄は理論上、ミズキが手で触れて念じるだけで何でも取り込めるからな。例えばギルド本部や城、そして生き物も運べるだろう。それをミズキが望めばだが」
「え、でもそれ、便利ですよね? タクシー的な」
教官は、まぁな、と頷いた。
「ただし、取り込んだままミズキが出そうとしなければ、水も食料もない空間でそのまま衰弱死することになるぞ」
「え、あ。そうなんだ」
「実は、私はミズキの鞄の中に入ったことのある唯一の人間なんだ」
「ええええええ!」
鞄の中には空気もあって温度も快適ではあったが、二度と入りたくない。
実験とはいえ丸一日、あの真っ暗で上も下もない空間の中にいた。時間の感覚さえ狂いかけた状態で、歩いているのに進んでいる実感をもてないまま、出口を探してさまよったのだ。
自らの能力「直感」を最大限駆使しても、脱出は適わなかった。
「まぁ、ギルドの一番の懸念はそんなことでもなくてだな」
「もっとすごいことできちゃうんだ?」
「いつかこの世界ごと飲み込むのではないかと、ピリピリしている連中がいる」
「まっさかぁ」
「冗談だったら良いのだがな」
上層部は、ギルドにとって不利益と判断すれば自分の手足さえも切り落とすだろう。そういう組織なのだ。
「今のところ、ユリウスが生涯監視をするという契約でミズキは生かされているんだ」
それを聞いてミサはぱっとひらめくものを感じた。なんだか、乙女センサーに引っかかるものを。
生涯? つまり一生ということ? 一生ミツキさんを監視するってことは、つまりずっと君をみてるよってこと?
「わぁ。それってプロポーズみたいですね!」
「……ミズキがなぜお前をあんな目で見るのか、今わかったよ」
「えへへ。姉妹みたいですか?」
今の流れから、なぜそう受け取った?
教官は額を押さえ、ふぅ、とため息をついた。
なるほど、なんでもポジティブな方に受け取るのはミシャの美点ではあるが、最大の欠点でもある。シリアスな話の腰を折ってしまうのだ。
だが、まぁ、そうだな、と考え直す。あるいはそれが、正解なのかもしれん。あの人間嫌いの偏屈男が、と思うと笑えるが。
「……当たらずとも遠からず、なのかもな」
「でしょう! ほんとにおねーちゃんがいたらあんな感じかなって、いつも思うんです」
「そうか、よかったな」
話がかみ合わぬまま、二人はそこで別れた。一人は次の生徒達の元へ。一人は、ミツキと待ち合わせたロビーへ。
ミサがミツキの不在を知ったのは、その少しあとのこと。




