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思えば修学旅行の荷物はいつも、みんなより二周りほど大きかった。
2泊3日の旅行でも、着替えは5日分詰め込まないと落ち着かなかった。
そんな人間が重さも大きさも制限されぬまま荷造りをすれば、こうなるのは仕方がないよな! むしろ当たり前?
いいじゃないか、誰にも迷惑かけてないんだから。(今回は)
開き直った私は、ほぼ空っぽになってしまった部屋に厳重に鍵をかけてから(うっかり誰かに入り込まれたらバレてしまう)、何食わぬ顔で再びギルド別館へと戻った。
「どうですか。リストに挙げた物はすべて入ってますか?」
「はいってま~す」
トラベルバッグを取り出して、記入済みのチェックシートと並べて見せる。さすがに中身まで公開する気はないけど、ちゃんと仰せの通り荷造りしましたよアピールである。
ふふふ、こんなこともあろうかと、あらかじめ最低限のものはここにきちんと詰めておいたのさっ。
そこからついつい暴走が始まって、結局家具ごと取り込んでしまったわけだが。
あれはもう、ランナーズハイに倣って、「荷造りハイ」又は「取り込みハイ」と名前を付けるべき現象だと思うんだ。
能力使用の副作用みたいな……。
「ふむ。問題ないようですね。どうせあなたのことですからまだ隠し持っているのでしょうが。いいですか、遺跡内は狭いところもあるんですからね! そんなところで家具なんて取り出してはいけませんよ」
ばれてるうううう!
「ナ、何言ってるんですかそんな馬鹿なことそうなんどもくりかえすはずないじゃないですかやだなー」
「本気で誤魔化そうとしてませんね?」
手抜きにも程がある、とユリウスさんはため息をついた。
だって、バレちまったもんは仕方ないだろーが。
「私の家から引っ越す際に、家ごと取り込んだくらいですからね。家具くらいならかわいいものです。でも、できるかぎりこのバッグの中身だけでやりくりするんですよ!」
そこから、力を持つ者は何よりもまず自制を覚えねばならないとかうんたらかんたら、ありがたいお説教がしばらく続いたが適当に聞き流した。
……んな、3年も前のこと、もういいじゃないですか、許してくださいよ。家だって、ちゃんと戻したじゃないですか。
そりゃちょっとだけ、基礎とズレちゃったけどさ。
「エリスさん、お待たせしました」
「いいえ、時間通りです」
うんまぁ、ちょうど正午だけれども。
確かに正午より着任、だから遅刻ではないけどさ、そこに知り合いがいる場合、少し早めに来て世間話したりするものじゃないですか。
「では転送します」
「お願いします」
……エリスさんはあくまでもプログラムなので、そういう人間の社交辞令的なものにはこだわらない。こちらが望めばつきあってくれるけど、無いなら無いで、効率的でいいですよね、なんてサラっとスルーしてしまうのである。
それってほんとはちょっと、寂しいことなんだけどな。
「……いってらっしゃい」
それでも、私の感情の動き(に伴う呼吸や体温、脳波の乱れ)をセンサーで感知したのか、少し考えてから彼女は笑顔を作り、手を振ってくれた。
エリスさんは、優しい、ロボットなのである。
*****
「『暴食』のミズキ・アキノ殿。ようこそ、北西大陸第一支部へ。支部長のゴレイヴであります! このたびは我が支部へのご協力、感謝いたします!」
陣から出たとたん、偉そうなおじさんに敬礼された。偉そう、というか、貫禄があるって感じ?
全体的にずんぐりしていて、おなかが一際ぽっこりしてはいるんだけど、下品さを一切感じさせない。若い頃は第一線で活躍しました、みたいな雰囲気のヒトだ。
耳の形から言って、ドワーフさんだろうか。お髭も立派だし、たぶんそう。
わー、あっちも正装してるよ。カーキ色だよ。あぁ、ますます軍隊気分……。
見よう見まねで敬礼を返すと、彼は鷹揚に頷いて私を案内し始めた。
え、支部長自ら私を? そんなご丁寧に扱われると、かえって肩身狭いわぁ。
「有名な『暴食』殿がおいでになると聞いて、ギルド内が少々騒がしいのです。至らぬ点がありましたらお許しください」
ぼうしょくどの……。なにげに心を抉る呼び方だな、ソレ。やめてくんないかな。
「いえ、どうぞお気遣い無く。御大層な名前につりあわない未熟者でお恥ずかしいです。どうぞ、ミズキと」
支部長さんは、ふっと表情を柔らかくして頷いた。
あー、なるほど。特別扱いされているワガママ小娘を想定してたんですね。うっかりへそ曲げられたらめんどくさそうだから、大人になって御機嫌とろうと。
いやいやご安心ください、私そんな度胸無いんで。っつーか別館ギルド職員一同、あんまり自分の能力好きじゃないんで。
「これは失礼、ミズキ殿。では、昼食……の前に、まずは護衛を紹介しましょうか。おなかは大丈夫ですか?」
「あ、はい。まだ大丈夫です」
「それはよかった」
エレベーター(まぁ、短距離転送陣なんだけど)に乗って3階のミーティング室に通される。
このミーティング室というのは、パーティーのマッチングや、もめ事の仲裁によく使うお部屋である。
利用目的が目的なので、リラックスできるようにどのギルドも上等な家具を贅沢に配置していて、いわゆる応接室も兼ねる。
……応接室なんて普段使わないものを作るより、汎用性の高い部屋に投資をしようというギルドの方針なのだ。変なところで現実的すぎる。
ちょっとの無駄は、余裕を生み出すからむしろ大事、って聞いたけどなぁ。
「彼は有名な冒険者ですが、少々愛想が足りんのです。しかし腕は確かなので安心してください」
う、それはつまり、無愛想を柔らかく包んだ言い方? うわだなぁ、気まずくなったらどうしよう。
そんな私の杞憂は、ドアを開けたとたんに吹き飛んだ。だってだって! 中にいたのは。
柔らかそうな茶色の髪の間からぴこっと飛び出すねこみみ! 世界の事なんかオレが一番よくわかってる、と言いたげな皮肉っぽいおめめ! 思春期真っ盛りのおとこのこ!
「ルークくん!」
「ん。ヨロシク」
愛しのるーきゅん、だったんだもの……!(きゅうううん)




