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ぎりぎりぎり。
こっちは歯ぁ喰いしばって必死だというのに、正面の男は涼しい顔でニコニコ笑っているのが腹立たしい。
男女の力の差もあろうが、なによりこいつはヘラっとした見た目にそぐわず強いのだ。笑っちゃうくらい。
なんでも母国は国全体が暗殺やら戦争やらを生業にしていて、例えばこの民族衣装のズルズルしたマントは暗器を仕込んだり体型を隠したりするために必須のものらしいよ?
暗闇に紛れて逃げる時って、顔より体型覚えられる方が面倒だったりするんです~。とかなんとか。
「ねぇ、こんなに口説いてるんですからもうそろそろ『はい』って言ってくださいよ~」
「何度も言うけどこれは口説くって言わないんです!」
「僕の国ではこれで通じますよ?」
「あなたの国ではそうなのかもしれませんが!」
何が恐ろしいって、彼は本当に、本気で、このやり方で私がおちると信じているところ。
どんだけ強引なお国柄なんだ? それとも、彼がヤバ過ぎて、誰も逆らおうとしないだけなんだろうか。うわこわ~。
とはいえ、私は本気で危機感を抱いているわけではない。
どのみち私が「はい」と言わない限り、いくら彼でも私を連れ去ることはできないようになっているし、ここがギルドのエントランスであるからには、顔見知りの誰かがいずれ助けてくれるに決まっているから。
めんどくさいから鉢合わせないに越したことなかったけどな。
「一体なにが不満なんです? 顔ですか? そりゃ、あなたのバケモノ上司には敵いませんけど、そんなに悪いですかねぇ?」
「いや、爽やかな恰好して爽やかに笑ってれば結構モテると思いますよ。似合わないけど。あと、エルフと比較するなんてマゾヒスティックな事はしない方が……」
ええい、バケモノバケモノと、ムッカつくなぁ。そりゃ、200年前の「解放王アルフレッドの乱」以来、現地の人々が異世界人にそういう印象を持ったのは、まぁ理解できるけどさ。
でも、面と向かって言うなよ、しつれーだろ。心の中に留めておけよ、大人として。こっちだってあんたを「無神経糸目」なんて呼んだことないだろうが。
あぁ、私がよりによってあんな能力を授かりさえしなければ、こんな人とは一生無縁で過ごせただろうに。
「とにかく、は~な~せ~!」
渾身の力を込めて身体ごとひねると、あんなにうんともすんとも言わなかった右手がすぽんと引っこ抜けた。
直後、ざしゅっという音がして、壁にナイフがめり込む。……飛んできた方向と刺さった角度からして、私の右手サヨナラコースだったんじゃなかろうか。
て、手が、私の手が、て、て……。(ガタガタガタガタ)
「あぶないですねぇ。僕が放さなかったら彼女の手、持ってかれてましたよ」
「あっそ。でも放したじゃん」
なんて事しやがる、と怒鳴る前に、私はなんとか言葉を飲み込んだ。だってこの声、この声はっ!
「る、るーきゅん。助けてくれたのは嬉しいけど、愛が痛いよ」
「アンタのほうがイタいよ、なんだよるーきゅんて」
うきゃー、るーきゅんだるーきゅんだ!
本名ルークレスト・エメリア・テッセリス・フィレメト君だぁ! 略してるーきゅん。でもこれは心の中に秘めねばならない秘密の愛称……。
なぜならるーきゅんは現在16歳というとっても難しいお年頃で、取り扱い注意なのであるあぁかわいい!
「ご、ごめんルークくん。びっくりして噛んじゃった」
えへ、と誤魔化せば、るーきゅんは興味無さそうに「あっそ」と言った。 はぅはぅ、そのそっけない態度がちょーすき。
ちなみに彼も「落とされモノ」で、なおかつどっかの世界の元勇者様だったりする。彼のチートはもちろん、「戦闘能力向上:剣術」だ。なんて、なんて王道なのかしらきゃーすてきぃ!
でも一番の魅力は、猫耳美少年である、という点だとおもうの。
ジーさんとは違う世界の獣人さんで、見た目はあまり人間と変わらない。ただ、猫耳が! 猫耳が生えてるんですよ茶髪釣り目の美少年に! ベンガルっぽいお耳が! しっぽまで!
るーきゅんの世界は獣人さんしかいなかったから、人間に対して特に悪い感情はないみたいだけど、元々の性格がそっけないんだよねでもそこがイイ!
「なんでアンタ一人なの。メガネはどうしたの」
そっけないフリしちゃってなんだかんだと助けてくれたり(やり方は難ありだけれども!)、こうして心配してくれたりするところがたまらなく猫っぽいと思うんだ頭なでなでしたい!
「ちょっと出るたびに一々ついてきてもらうのもどうかと思って」
「ふーん」
あっそ、とまた言われて、私はぎゅっと握りこぶしを作った。いやあの、こうしないと感情のままにお耳をぐりぐりしたりしっぽをふしゃふしゃしたりしちゃいそうでですね。
いかんいかん、大人の女としてそれはいかん。あくまでも心の中だけで愛でないと。
ふぅ、そろそろクールダウンせねば。
「で、アンタは? このヒト攫いに来たわけじゃないんでしょ? 早く行ったら」
るーきゅんはすらりと剣を抜いて、深緑の不審人物に突き付けた。
「あーぁ、もう少しだったのに」
「全然もう少しじゃなかったと思うんだけど、そうなの?」
「ううん、ぜ~んぜん」
「だってさ」
「おかしいですねぇ」
るーきゅんが本気ではないのがわかっているためか、物騒な王子様は特に反撃するでもなく、首をかしげながら引きさがる。
「じゃぁ、また。小鳥ちゃん」
そのまま何事もなかったかのように、ギルドへ足を踏み入れるその後ろ姿を見送りながら、私は溜息をつくことしかできなかった。
……おかしいのはあんただ。




