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ミサさんを引き取って3日が過ぎた。
チュートリアルプログラムの予定表によれば、本日午前中の彼女の予定は戦闘訓練である。といっても、初歩の初歩、刃物の扱いについて、とかだった気がする。
とりあえず一通りなんでも経験させてみて、手当たり次第に適正というかチート能力を探すわけだ。気の長い作業である。
私が教えることはできないので、訓練所の教官さんにおまかせした。
私の時は、ぜ~んぶ担当だったユリウスさん(現上司)が付きっきりだったんだけどね……。無理無理。人に教えるなんて無理。
そんなわけで午前中は久々に子守から解放されて、通常業務を適当にこなしながらシバさんいじって(毛並みわしゃわしゃすると、ぷるぷるってふるえるんだ……)遊んでいたんだけど、そろそろ迎えに行かなくてはいけない時間がきてしまった。
行きは教官さんが家まで引き取りに来てくれたんだけど。さすがに帰りまでお願いするわけにもいかないからなぁ。
「本館行ってきまぁす」
重い腰をよっこらせ、と上げる。そこに、珍しく心配そうな(無表情ではあるんだけど、付き合い長いからなんとなくわかるようになってきた)上司のユリウスさんが声を掛けてきた。
「大丈夫ですか? 私……は手が離せないので無理ですが、シルヴァリエ……も駄目ですね。ジーに代わりを頼んでは?」
「ボクじゃダメなんですか……」
「おぅ、なんでぇ? 嬢ちゃんおつかいか?」
ユリウスさんの声を聞きつけて、おじちゃんがついてってやろーか? と奥から出て来たのは、獣人のジー・ロットふんふん(以下略)さん。そのまんま、ジーさんと呼んでいる。
自称おじちゃんだがそんな歳ではなさそう。
ちなみに、熊の獣人さんである。熊っぽいとか、熊の耳が付いてるなんてレベルじゃなくてモロに熊。月の輪熊よりグリズリー系?
でも話してみれば気のいい人で、多少粗野な所に目をつぶればいいお兄ちゃん的存在だと思う。
元の世界では奴隷戦士だったとかで、なんかもう見ただけでその人生がわかる壮絶な容姿をしている。わかりやすく言うと隻腕隻眼、身体中傷だらけ。
獣人さんにはこういう境遇の人が多くて、自分達を虐げた人間という種族自体嫌いだ、という人が結構いる。
むしろあの身体見ると、なんでジーさんが私に優しいのか理解に苦しむ。きっと人格者なんだろうなぁ、としか……。
「本館に行って、ミサさん回収してくるだけです。大丈夫ですよ」
本館には「落とされモノ」に限らず、色んなお客様が出入りしている。分母が大きければ問題のある人物も増えるわけで。
加えて、本館はその取扱業務の内容上、異世界人特別保護区の外にある。
「落とされモノ」がそれなりの権利を得たのはもう200年ほど前の事だけれど、未だに現地の人々には根強い反感や差別が残っていたりするので、私やシバさんのような「見るからによわっちい異物」はトラブルに巻き込まれやすいのだ。彼らはそれを心配しているらしい。
だがしかし、高校三年生でこちらに飛ばされてから早5年。私ももうすぐ24歳である。
たかが500メートル離れた建物に行くくらい、なんだというのか!
というわけで、私は妙に過保護なおじさん達を振り切って、出発した。
本館のスタッフ用出入り口は、別館のものとはだいぶ違う。率直に言うと、古い。別館は静脈認証なんだけど、こっちはカードキーである。
……カードキー、忘れて来ちゃった。(てへ)
仕方がないので表に回って、私は出入り口の植物の陰からそぅっと中を窺った。いや、かえって怪しいよソレ、とか突っ込まないでいいから。
これにはちょっとした事情があるんだよほんと。なんでか知らんが、たま~に厄介なのがうろついててだな……。
「おやぁ? 小鳥ちゃんじゃないですかぁ」
ひぃ、出たっ?
嫌々ながらも振り向けば、にこーっと笑う糸目の男。
お国の伝統だか何だか知らんが、頭からすっぽりと深緑のマントを被って怪しい事この上ない。こいつ、こう見えて外周大陸のどこかの王族なんだぜ。王位継承権は低いらしいけど。
「やですねぇ、人をバケモノみたいに」
バケモノはそっちじゃないですか、と言いながら、彼は私ににじり寄った。
「久しぶりですねぇ、鳥籠から出てくるなんて」
右手を取られて、唇を押しあてられる。
こんなしぐさも初めの頃はワタワタしたものだけど、もう慣れたし。つーか、何の意味もない儀式的なものだってわかったし!
「どうですか、そろそろ僕の国に来るつもりになりましたか?」
「いーえ、ぜ~~~~ったい、嫌です!」
「え~。父上も母上も、兄達も、僕のお嫁さんをすっごく楽しみにしてるのに~」
「私、恋愛結婚主義だし好きなヒトいるんで!」
「やだなぁ、僕はちゃぁんと、愛してますよ~?」
よくもまぁぬけぬけと。冷めた目で睨みつけると、彼は少し目を開いて、嗤った。
「あなたの『能力』を、本当に愛してるんです」
「便利ですものね」
「ええ、とてもね」
にこ。
「放せ!」
「いいえ、今日こそは連れて行きます!」
私の右手をめぐって、小さな引っ張り合いが勃発した。




