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こちら冒険者ギルド別館、落とされモノ課でございます。  作者: 猫田 蘭
第一部-1章<迷子と王子と籠の鳥>
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 ミサさんを引き取って3日が過ぎた。

 

 チュートリアルプログラムの予定表によれば、本日午前中の彼女の予定は戦闘訓練である。といっても、初歩の初歩、刃物の扱いについて、とかだった気がする。

 とりあえず一通りなんでも経験させてみて、手当たり次第に適正というかチート能力を探すわけだ。気の長い作業である。


 私が教えることはできないので、訓練所の教官さんにおまかせした。

 私の時は、ぜ~んぶ担当だったユリウスさん(現上司)が付きっきりだったんだけどね……。無理無理。人に教えるなんて無理。


 そんなわけで午前中は久々に子守から解放されて、通常業務を適当にこなしながらシバさんいじって(毛並みわしゃわしゃすると、ぷるぷるってふるえるんだ……)遊んでいたんだけど、そろそろ迎えに行かなくてはいけない時間がきてしまった。

 行きは教官さんが家まで引き取りに来てくれたんだけど。さすがに帰りまでお願いするわけにもいかないからなぁ。


「本館行ってきまぁす」

 重い腰をよっこらせ、と上げる。そこに、珍しく心配そうな(無表情ではあるんだけど、付き合い長いからなんとなくわかるようになってきた)上司のユリウスさんが声を掛けてきた。

「大丈夫ですか? 私……は手が離せないので無理ですが、シルヴァリエ……も駄目ですね。ジーに代わりを頼んでは?」


「ボクじゃダメなんですか……」

「おぅ、なんでぇ? 嬢ちゃんおつかいか?」

 ユリウスさんの声を聞きつけて、おじちゃんがついてってやろーか? と奥から出て来たのは、獣人のジー・ロットふんふん(以下略)さん。そのまんま、ジーさんと呼んでいる。


 自称おじちゃんだがそんな歳ではなさそう。

 ちなみに、熊の獣人さんである。熊っぽいとか、熊の耳が付いてるなんてレベルじゃなくてモロに熊。月の輪熊よりグリズリー系?

 でも話してみれば気のいい人で、多少粗野な所に目をつぶればいいお兄ちゃん的存在だと思う。


 元の世界では奴隷戦士だったとかで、なんかもう見ただけでその人生がわかる壮絶な容姿をしている。わかりやすく言うと隻腕隻眼、身体中傷だらけ。

 獣人さんにはこういう境遇の人が多くて、自分達を虐げた人間という種族自体嫌いだ、という人が結構いる。

 むしろあの身体見ると、なんでジーさんが私に優しいのか理解に苦しむ。きっと人格者なんだろうなぁ、としか……。


「本館に行って、ミサさん回収してくるだけです。大丈夫ですよ」

 本館には「落とされモノ」に限らず、色んなお客様が出入りしている。分母が大きければ問題のある人物も増えるわけで。

 加えて、本館はその取扱業務の内容上、異世界人特別保護区の外にある。


 「落とされモノ」がそれなりの権利を得たのはもう200年ほど前の事だけれど、未だに現地の人々には根強い反感や差別が残っていたりするので、私やシバさんのような「見るからによわっちい異物」はトラブルに巻き込まれやすいのだ。彼らはそれを心配しているらしい。


 だがしかし、高校三年生でこちらに飛ばされてから早5年。私ももうすぐ24歳である。

 たかが500メートル離れた建物に行くくらい、なんだというのか!

 というわけで、私は妙に過保護なおじさん達を振り切って、出発した。


 本館のスタッフ用出入り口は、別館のものとはだいぶ違う。率直に言うと、古い。別館は静脈認証なんだけど、こっちはカードキーである。

 ……カードキー、忘れて来ちゃった。(てへ)


 仕方がないので表に回って、私は出入り口の植物の陰からそぅっと中を窺った。いや、かえって怪しいよソレ、とか突っ込まないでいいから。

 これにはちょっとした事情があるんだよほんと。なんでか知らんが、たま~に厄介なのがうろついててだな……。

「おやぁ? 小鳥ちゃんじゃないですかぁ」

 ひぃ、出たっ?


 嫌々ながらも振り向けば、にこーっと笑う糸目の男。

 お国の伝統だか何だか知らんが、頭からすっぽりと深緑のマントを被って怪しい事この上ない。こいつ、こう見えて外周大陸のどこかの王族なんだぜ。王位継承権は低いらしいけど。


「やですねぇ、人をバケモノみたいに」

 バケモノはそっちじゃないですか、と言いながら、彼は私ににじり寄った。

「久しぶりですねぇ、鳥籠から出てくるなんて」

 右手を取られて、唇を押しあてられる。

 こんなしぐさも初めの頃はワタワタしたものだけど、もう慣れたし。つーか、何の意味もない儀式的なものだってわかったし!


「どうですか、そろそろ僕の国に来るつもりになりましたか?」

「いーえ、ぜ~~~~ったい、嫌です!」

「え~。父上も母上も、兄達も、僕のお嫁さんをすっごく楽しみにしてるのに~」

「私、恋愛結婚主義だし好きなヒトいるんで!」

「やだなぁ、僕はちゃぁんと、愛してますよ~?」

 よくもまぁぬけぬけと。冷めた目で睨みつけると、彼は少し目を開いて、嗤った。


「あなたの『能力』を、本当に愛してるんです」

「便利ですものね」

「ええ、とてもね」


 にこ。


「放せ!」

「いいえ、今日こそは連れて行きます!」

 私の右手をめぐって、小さな引っ張り合いが勃発した。


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