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本日最初のお仕事は、クレーム対応だった。
いやまぁ、出勤してきた時点で、なんとなくそんな気はしていたけどな! なにせ、お客様用入口の前で、真っ赤な色したスライムが何やらぐにゃぐにゃしながら気合入れてるの見ちゃったもんで。
朝8時の事だぜ? カウンター開くの10時だっつーに。どんだけ怒り狂ってんだよ、と。
んでもって、現在時刻10時3分。
ぷにぷに!
「う~ん、それは酷い目に遭いましたねぇ」
モンスター種族のお客様の多くは、発声器官が特殊なので人間の私には何を言っているのか聞き取る事すらできない。
よって、メインで対応するのは先輩のシバさんである。私の役目はあくまでもサポート(という名目の見学)。
シバさんはコボルトというモンスター種族で、擬人化した犬のような容姿をしている。名前をシルヴァリエなんちゃらさんというのだが、私は親しみを込めてシバさん、と呼んでいる。けっして芝犬っぽいからではない。……しかし、よう似とるよなぁ。
すっごくかわいいのだが、こう見えて50代妻子持ち。立派なおじさんである。
にゅるる、にょろ~ん
「それがですねぇ、すぐにというわけにはいかないんですよぅ……。とりあえず確認して双方の代理人を立てて、改めてっていう規則なんですぅ」
うにゅるにゅるる! にゅるるるる!
「うぅっ、ボクに言われてもぉ」
シバさんは困り切って、耳をへにょんと垂らし、助けを求めるようにこちらを見上げた。
いやいや、私に言われても。クレームの内容すらわからんのに。
だがまぁ、予想はつく。
大方、斡旋された仕事内容が聞いていた話と違ったとかなんとか、そんなことだろうて。なにせうちに登録してるスライムって、このジェレミーナⅩⅩⅩ世さんだけだもんな。
そもそも普通のスライムは、仕事という概念を理解できない。多分思考すらしないイキモノである。「ジェレミーナ」だけが特別なのだ。なぜなら、「落とされモノ」だから。
「落とされモノ」とは何か。
それは、ある時、唐突に、今まで住んでいた世界から「落とされ」てこの世界にやって来たかわいそうなモノ達の総称である。生き物に限らず、無機物、意思を持たぬ物体なんかも全て含む呼び名なのである。
彼らの多くは、居場所を失った代償に何らかの恩恵を受けている。いわゆる特殊能力ってやつ? 流行りの呼び方ではチートというらしい。
一部の研究者が「落とされモノは勇者のなりそこないである」と主張する理由はコレだ。
例えばこのジェレミーナⅩⅩⅩ世さんには、「知能向上:世代単位」というチート能力が備わっている。ⅩⅩⅩ世というからには、もちろん彼は30世代目なのだ。
ジェレミーナ一族の初代さんがこの世界に落とされたのは60年ほど前の事。
彼は当時、スライムとしては画期的な、他者の言語を理解する程度の知能を授かっていた。人によく懐くスライムということで、とっても可愛がられた(というか、今もどこかで可愛がられている)らしい。
そんなⅠ世さんがある日分裂したことでこの世に生を受けたⅡ世さんは、なんと簡単な文字を覚え、飼い主とより明確なコミュニケーションをとることに成功したという。
それから、分裂して世代を重ねるごとに賢くなり、現在一番若くて賢いはずのこのⅩⅩⅩ世さんは、飼い主に対して「被雇用者の権利」を主張して、目下係争中……。今は独立し、ギルドに冒険者登録して生活しているのである。
べっつにさぁ、わざわざ冒険者稼業につかんでも、野良スライムになって適当にそのへんの草でも喰い散らかして生きればいいじゃんねぇ?
だがしかし、14世代目あたりが着道楽を学習したためにⅩⅩⅩ世さんもお洒落が大好きなのだ。故に、現金収入が必須という。
正直、彼に斡旋できる仕事なんてゴミ処理とか除草くらいしかないんだけどな。だって、チートっつったって別に強いわけじゃないし。むしろ戦闘能力的にはザコもザコ、私でさえ倒せちゃう相手だし?
かといって、彼のチート「知能向上:世代単位」には、ギルド上層部が並々ならぬ興味を抱いているので邪険にもできない。うぅ、下っ端ってつらい。
しかも、彼は大変やかまし……こほん、めんど……げふげふ、細かいのである。そんでもって融通がきかない。
木工所でおがくずの処理をお願いすれば、細かい埃が混じっていたってんでクレーム。
あるお屋敷の草むしりをお願いすれば、今度は虫が多すぎて草だけを処理するのは大変だった、報酬をあげろとクレーム。
てめぇ、埃だろうが虫だろうが、なんでもかんでも取り込んで溶かしちまえる身体だろうが! っつーか、それももちろん「込み」だよ、解れよ!
まぁ、チートで賢くなったって言っても元がスライムだからなぁ。スライム的にはすごく賢くても、まだ発展途上なんだろうなぁ。
ぷにいいいいいい! でろ~ん!
「あうぅ、ですから規則で……。うええ、食べないでぇっ」
今にも、もういっそお前ら喰っちまうぞ、と言わんばかりに広がるⅩⅩⅩ世さんと、しがみついてくるシバさん。え、なにこれ、いつのまにかぴんち?
期待されてるレベルまで賢くなるにはまだまだ相当掛かりそうだし、もうこれ、退治しちゃっていいんじゃないかな?
私は愛想笑いをうかべつつ、とりあえず武器になりそうなボールペンをカウンターの下でギュッと握りしめた。