手のひらに、太陽を
漁師の四男として生まれたジャロ。
七歳の時に口減しとして近海の海賊団に売られた。
売られた先では、同じくらいの少年たちが集められていた。
団員の身の回りの世話と、銃火器の扱いを学ぶ。
売られて二ヶ月が過ぎた頃だった。
寝ている所を突然副船長のボンゴに襲われる。
下半身の痛みで涙を流した。
初出撃は、成功に終わった。
タンカーの中身と、人質。
大量の酒とそしてコカイン。
売れば数億の金が手に入る。
ジャロが手にしたのは幾ばくの金。
そしてくしゃくしゃになった死んだ三人の写真のみ。
ボンゴの男婦として。
斥候として、 五年の月日が経過。
祈る神などとうに無く。
五パーセントにも満たない確率を、どうにか生き延びる事ができた。
あるのは殺意。
ボンゴへの殺意を抱えたまま、月日が過ぎた。
既に歴戦の戦士となっていたジャロは、作戦の重要な要として機能していた。
ある日、ボンゴに次の作戦の指揮を任される。
初出撃と同じ海域。
奇しくも、あの日と同じクラスのタンカー。
斥候のために売られた少年たちの選別のために、分隊の港に顔を出す。
斥候候補の中に、一つ年上の兄の姿を見かけた。
ジャロは気づいた。
だが、兄は気づいていない。
そんな中、ボンゴから次の作戦を成功させれば、分隊を一つ任せるという誘いを受ける。
ジャロは、弟だと最期まで気付かない兄を斥候部隊に編成する。
そこに、大した感情は湧かなかった。
――作戦は失敗に終わる。
途中までは成功していた。
だが、イレギュラーが命運を分けた。
潮の流れで海域がずれ込んだ。
ジブチから追われた海賊の残党。
そして、それを追う軍とかち合ってしまった。
ジャロは左手の薬指と小指を欠損する大怪我を追う。
分隊は壊滅。
逃走は陸路を使った。
二ヶ月掛けて本隊へと帰還したジャロ。
そこで目にしたのは見慣れた港と軍の船だった。
部隊の壊滅。
本来なら逃げる事が出来た。
そのままジブチを歩き続けて、ソマリアでは無い見知らぬ土地へ。
だが、そうしなかった。
ボンゴ。
両親。
そして、それを生んだソマリアへの復讐心からだった。
身を隠そうと踵を返す。
だが、どこに逃げればいい?
帰る場所は、――最初から無いのだ。
ソマリアの地を当てもなく歩き続けていた。
だが、逃避行も長くは続かない。
二日程歩き続け、やがて警察に捕まった。
牢屋。
カトと嚙みながら適当に放置される。
勾留されていた三日間が、一番安らいだ時間だった。
その皮肉に、牢屋の中で笑みがこぼれた。
だが、突然移送される事になる。
砂と埃が混ざった匂い。
それがやがて、嗅ぎ慣れた臭いへと変わる。
手錠を付けたまま、車を下ろされる。
そこには大隊の幹部、そして軍がいた。
ジャロは目を見開く。
ボンゴ。
その手には札束。
それを、軍人に手渡していた。
後ろには自分と同じような少年たちが、別の船に移送されているところだった。
雲一つない夕暮れが影を長く伸ばす。
自分に気付き、ニヤつくボンゴと軍人。
軍の車が浜沿いにこちらに来ていた。
リズミカルなクラクションを鳴らした。
仲間への合図のつもりだろう。
その場の三人が車に注目をする。
その瞬間、左手の錠を引き抜きいた。
欠損部により、少し力を入れたらすんなりと抜けた。
腰紐を持っていた警官からアサルトライフルを奪い、発砲。
そのまま殺した警官を盾に、軍人を射殺。
まさかジャロが抵抗するとは思っていなかったのだろう。
ボンゴは驚き、慌てた。
焦って拳銃を手にしようとしたボンゴの右手を、ライフルで粉々にする。
悲鳴を上げるボンゴと、それを見下すジャロ。
夢にまで見た光景。
だが、それに浸る余裕は無かった。
軍の車から一人が応戦しようと降りてくる。
ふと、足元に転がる軍人が所持していた手榴弾を発見。
信管を抜いてカウント。
五。
四。
三の時点で投てき。
狙い通りに爆発した車に笑みがこぼれた。
夕暮れ。
迫る夜。
波の音だけが一日の終わりを告げる。
足元にはうめき声。
ボンゴにとっての死神。
ジャロという黒い悪魔が、闇の中で白い殺意をむき出しにした。
何を思ったのか。
傍にあった車からカト取り出し、ボンゴに噛ませる。
これから死にゆく者への慈悲だろうか。
いや――。
ボンゴの額に、まだ熱がある銃口を付きつけ、噛む事を強要する。
理由も変わらず、震えた顎で噛み始める。
ボンゴの目を見ながら、銃口を下げる。
足を撃った。
手を撃った。
最後に、醜く出た腹。
浜辺は、血に染まり。
ボンゴの命の価値など、この程度のものかと。
ジャロは少しだけ、がっかりした。
射殺したボンゴの口から噛み始めたばかりのカトを取り上げた。
それを口に含む。
脳天を突き抜ける草の臭い。
ボンゴの唾液と血の味。
ジャロはその後、積荷のように運ばれていく少年たちを解放。
今まで培った経験で自分たちがいた組織の本隊を襲撃。
真夜中という事もあり、夜明け前に制圧。
まだ死んでいなかった軍人を捕虜とし、米兵の身代金を要求する。
驚いた事に捕虜とした米兵はCIAの職員でもあった。
おそらく狙いはアフリカの喉元であるアデン湾。
そこを監視下に置く事で、原油の値段操作による経済の掌握。
尚更こいつの価値が上がると踏んだ。
だが、その思惑は外れる。
直後、子供達のアジトである海賊本部の上空に、三機のヘリが現れる。
上空からの一斉掃射により本部は壊滅。
子供達はジャロの指揮で二機を撃破。
気づくと一面の炎。
被害は甚大だった。
かろうじて生きている者も、まもなく死ぬのが見てとれた。
当然、米兵も目の前で炎に焼かれていた。
自身も重傷。
このまま死ぬのが理解できた。
やる事は、自分も大国も同じか。
最期を悟ったジャロが、歪んだアサルトライフルを手にする。
足を引きずり、炎で燃えるアジト後にした。
潮風を含んだ朝の風が、全身の傷に染みる。
朦朧とした視界で、懐かしい道を歩いた。
途中にあった店に立ち寄る。
見慣れた店。
漁師の父が、獲った魚を卸す先。
手伝いをした度に、飴をくれた老夫婦。
だが、今店を経営していたのは、別人だった。
ジャロは店主に歪んだアサルトライフルを突きつける。
そして、一握りのカトを強奪し、口に含んだ。
知っている波の音が聞こえる。
白く照らされる砂利道で、母親に手を引かれる幼い自分の幻覚を見た。
――懐かしい光景。
一軒のボロいテントの前に立つ。
出てきた父親と、知らない女。
ああ、そういう事か。
ジャロは、表情を変えずに引き金を引いた。
足元に広がる二人分の血だまり。
父親の最期の表情。
あれは自分を息子だと認識していないようだった。
物陰から出てきた一人の子供が泣きながら出てきた。
動かない女にすがって泣いている。
ジャロは深いため息をついて、空を見上げた。
そこには大きな、大きな丸い太陽。
眩しいな、とジャロは思った。
そして、重たく感じるライフルを持ち上げる。
子供に標準を合わせ。
引き金を、――引いた。
だが、子供への弾は放たれる事は無かった。
ジャム。
今度こそ、力が抜けて果て仰向けに倒れる。
眩しい太陽が優しく感じられる。
それが幻覚だったとしても。
手を伸ばすと、掴めるような気がした。




