表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

第1話 空白の地図

新連載です。

 地図に、名前のない場所がある。

 そこはただの空白だ。山も川も、村も遺跡も、何ひとつ記されていない。

 そしてそこには、記録されてはいけない“何か”がある。

 でも、そのとき俺たちは――それが何を意味するのか、まだ知らない。



「で? 今回の“何もない場所”は、何があると思う?」


 先頭を歩きながら、俺――レオン・ヴァルクは振り返る。


「矛盾したことを言うな」


 即座に返ってきたのは、冷たい声だった。

 黒髪の女、シア・アルベリク。白いローブに身を包み、無駄のない動きで足場の悪い岩場を進んでいる。


「空白というのは、記録が存在しないという意味であって、何もないとは限らない」


「つまり“何かあるかもしれない”ってことだろ?」


「……雑な要約だが、否定はしない」


 少しだけ間を置いて頷くあたり、律儀なやつだ。


「だったら当たりだな。俺の勘」


「根拠がないものを勘とは言わない。ただの思いつきだ」


「夢がねえなあ」


 そんなやり取りをしていると、後ろから大きな足音が近づいてきた。


「おいレオン! 無駄話してないで前見ろ! 落ちたら洒落にならねえぞ!」


 怒鳴ってきたのは、ガルナ・レーヴェン。赤茶の髪を短く切り揃え、軽鎧の上から分厚い本を背負っている。男顔負けの気の強い女だ。


「大丈夫だって。こういうとこで落ちるのは大体、油断してないやつだから」


「意味わかんねえこと言うな!」


「つまりガルナは安全圏」


「そういう問題じゃねえ!」


 いつも通りのやり取りだ。声が響いて、谷の向こうへと消えていく。


「はは、今日も平和だねえ」


 最後尾から、のんびりした声が聞こえた。

 振り返ると、フードを被った男――ルカ・ノクスが、岩に腰掛けてこちらを眺めている。


「お前、なんで座ってんだよ」


「いや、罠がないか見てた。ほら、こういう“何もない場所”ってさ、逆にあるんだよね」


「何がだよ」

「何かが」


「お前シアと同じこと言ってるぞ」


「彼女ほど真面目じゃないけどね」


 ルカは肩をすくめて立ち上がると、軽く地面を叩いた。カツン、と乾いた音が響く。


「ほら」


 次の瞬間、足元の岩の一部が崩れ、鋭い杭が何本も突き出した。


「……うわ」

「ね?」

「ね、じゃねえよ!」


 ガルナが顔をしかめる。


「お前それ、最初からわかってたなら言えよ!」


「いや、ちょっと試してみたくて」

「誰で!?」

「レオンあたりでいいかなって」


「雑に命使うな」


 ため息をつきながら、俺は崩れた地面を覗き込む。かなり深い。落ちたらただじゃ済まない。


「でもまあ、ありがとな。助かった」

「どういたしまして。命の価値は平等だからね」

「お前が言うと信用できねえな」


 軽口を叩きながら、再び歩き出す。


 空白地帯。地図に何も記されていない場所。だが実際には、こうして“何か”がある。噂では、魔王討伐後、教会か王国かによって突然記録が消されたらしい。冒険者にとってはとんだ迷惑だ。


 で、それを見つけて、記録する。それが俺たちの仕事。っていうか依頼。


 やがて岩場を抜けると、視界が開けた。


「……あれ、遺跡か?」


 遠く、崩れかけた石造りの建造物が見える。


「記録にはないな」


 シアが即答する。


「つまりビンゴだな」

「まだ確定していない」


「夢がねえなあ」


 二回目だぞ、それ。


 苦笑しながら、俺たちは遺跡へと向かう。

 近づくほどに、それがただの廃墟ではないことがわかってきた。

 風化はしているが、意図的に隠されていたような形跡がある。


「……おい、これ」


 ガルナが壁の一部を指さす。

 削り取られた跡。何かの紋章か、文字か――意図的に消されている。


「珍しいな。わざわざ消してるってことは、知られたくないってことだ」


 ルカが楽しそうに言う。


「笑い事じゃねえだろ……」


「でも興味は湧くでしょ?」


 その言葉に、誰も否定しなかった。


 中へ入る。

 崩れた天井、ひび割れた床。だが、奥へ進むにつれて妙に保存状態が良くなっていく。


「……おかしい」


 シアが呟く。


「何が?」

「ここだけ時間の流れが違うように見える」

「怖いこと言うなよ」


 ガルナが顔をしかめる。


 やがて、小さな部屋に辿り着いた。

 中央に、石の台。その上に――


「本?」


 いや、正確には“手記”だった。

 革張りの古い冊子。埃はかぶっているが、崩れてはいない。


「……読むか?」

「読む以外に選択肢があるのか?」


 シアに言われ、俺は肩をすくめて手に取る。


 ぱら、とページをめくる。

 文字は古いが、読めないほどじゃない。


「えーと……」


 最初の数行は、ただの研究記録のようだった。

 だが、途中から妙に言葉が荒れている。


「……なんだこれ」

「どうした?」


 ガルナが覗き込む。


 俺は一行を指でなぞりながら、ゆっくりと読み上げた。


「――“この力は、我々の想定を超えている”」


 空気が、少しだけ重くなる。


「――“もしこのまま使用を続ければ、取り返しのつかない事態になるだろう”」

「……魔法か?」


 ガルナが低く呟く。


「たぶんな」


 さらにページをめくる。

 そして、次の一文で手が止まった。


「――“我々は気づいてしまった”」


 喉が、少し乾く。


「――“魔法は、なんやらかんやら(読めない)を消費して成り立っている”」


 静寂が落ちた。風の音だけが、崩れた天井から入り込む。


「……は?」


 最初に声を出したのは、ガルナだった。


「今、なんて……」

「消費……?」


 シアの声もわずかに揺れている。


 ルカだけが、いつも通りの調子で笑った。


「へえ。面白そうじゃん」


 面白い、か。


 俺は手記を見下ろす。

 そこに書かれているのは、ただの仮説なのか。

 それとも――


「なあ、シア」

「なんだ」

「魔法ってさ」


 軽く言うつもりだった。

 いつもみたいに、冗談っぽく。


「なんかそういうのあったりする?」


 でも、声は思ったより軽くならなかった。


 シアは答えなかった。

 ただ、じっと手記を見つめている。

 その沈黙が、妙に現実味を帯びていて。


 俺は、初めて思った。


 ――この地図の空白、埋めちゃいけないやつかもしれないなって。



よかったら感想もらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ