恐怖の無い危うさ
「神代君、だよね。」
声をかけてきたのは黒崎迅だった。
「……あの時の!」
見覚えがある。
ゲヒュールと契約した時、話しかけてきた男だ。
「すみません、あの時は……。
多分、止めてくれてたのに。」
迅は軽く肩をすくめた。
「まあ、やっちゃったものは仕方ないよ。
で、何を差し出したの?」
「恐怖です……。
澪は、多分悲しみを。」
「どっちも大切な感情だね。」
迅は少し考えるように顎に手を当てた。
「幼馴染の方には、何か変化は?」
「少しだけ……冷たくなった気がします。
俺のせいで家族が死んだから、当然ですが。」
「いや、それは違う。」
迅はあっさり言った。
「悲しみを消した時によくある副作用だよ。
気にしなくていい。」
一拍置いて、迅は言う。
「問題は――君の方だ。」
次の瞬間だった。
影から人狼が飛び出す。
「!」
反射的に能力を発動する。
だが。
鋭い爪が脇腹を抉った。
「……バリアか。」
迅が呟く。
「それでも表情一つ変えないね。
脇腹を抉られたのに。」
血がにじむ。
「このままだと死ぬよ。」
「澪に……」
言いかけて、言葉が止まる。
「……いや。言い残すこともないか。」
迅は小さく息を吐いた。
「痛かったでしょ。ごめんね。」
人狼を指さす。
「レヒツ。
あのゲヒュールは硬度無視で破壊できる。」
「だからバリアとは相性が悪い。」
続けて、肩に現れた猫又を指す。
「それで、こっちがリンクス。
治せるから安心して。」
リンクスが近づき、傷に触れる。
肉がゆっくりと再生していった。
「……なんで急にこんなことを?」
蓮は息を整えながら聞いた。
迅は少しだけ考えてから答える。
「君、恐怖を消したって言ったでしょ。」
「その危うさを実感してほしかった。」
迅は淡々と続けた。
「実際、バリアなんて死ににくい能力を持ってるのに、
今ので死にかけた。」
「……なるほど。」
「これから仕事で死ぬかもしれないしね。」
迅は少しだけ言い方を変えた。
「……ああ、恐怖が無いんだった。」
そして静かに言う。
「君が死んだら、幼馴染は後追い自殺するよ。」
「悲しみを消していてもね。
過去にそういう事例がある。」
蓮は少し黙り、
それから頷いた。
「……分かりました。」
「気をつけます。」




