リンクス・レヒツ
「ゲヒュールとの契約者か……皮肉な話だよな。」
黒崎迅はため息混じりに言った。
「いらないと思って感情を捨てたのに、実はそれが必要だった。
その結果、心を壊して犯罪に走るなんてな。」
「……。」
男は何も言わず、手を掲げた。
次の瞬間、炎が噴き出す。
だが――
迅の肩に現れた猫又の姿のゲヒュール、リンクスが前に出る。
炎はリンクスの体を焼いた。
しかし。
傷跡は、すぐに消えていく。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「怒り、か。」
迅は男を見ながら呟く。
「無くしたのは。よくある話だ。」
「怒りが無ければ平穏に暮らせる――そう思う奴は多い。
でも怒りってのはストレスを発散する感情でもある。」
迅は少しだけ肩をすくめた。
「それを無くすと、逆にストレスを溜め込む。
理由も分からず、気付けば犯罪に走る。」
「……何が分かる。お前に。」
男が低く唸る。
迅は少しだけ言葉を詰まらせた。
「いや、それは――」
その瞬間だった。
迅の背後から影が飛び出す。
「……止まれ、レヒツ。
遅いか。」
人狼の姿をしたゲヒュール、レヒツ。
主の許可を待たず顕現したそれは、一瞬で距離を詰める。
鋭い爪が、男の胸を貫いた。
心臓を。
「ぐっ……!」
男の体が崩れ落ちる。
迅は頭をかいた。
「……だから嫌いなんだよ。」
「勝手に動くし。」
リンクスもすでに男のそばにしゃがみ込んでいた。
「リンクスも言われる前から動くし。
……まぁ、言うつもりだったけど。」
リンクスの尻尾が、男の胸に触れる。
貫かれた心臓が――
ゆっくりと、修復されていく。
やがて。
心臓は再び動き始めた。
だが男は動けない。
痛みと恐怖に体を支配されていた。
しばらくは、立ち上がることすら出来ないだろう。
黒崎迅はかつて、過去のいじめから強い憎悪を抱えていた。
その結果――
強く残虐な人格を作り出した。
そして。
その均衡を取るように、弱く幼い人格も生まれた。
だが。
人格の暴走による傷害事件。
そして、弱さの象徴である人格への嫌悪。
迅はその二つの人格を切り離し、
二匹のゲヒュールに喰わせた。
それが――
リンクスとレヒツの誕生だった。




