ヤクモ
「久しぶりだね、フクス」
静かな声が落ちる。
「突然消えたから、少し驚いたよ」
「……やはり、お前か。ヤクモ」
わずかな間。
「四千年振りだというのに、その口の利き方か」
「千年仕えていた主人に対して、随分だな」
薄く笑う。
「あぁ……」
「今は違うか」
視線が朱音へと向く。
「新しいご主人様を見つけたんだったね」
「フクスは」
「……フクス、誰この人」
朱音が小さく問う。
「五千年前」
フクスが答える。
「私が生まれ、母が死んだ後――」
「その肉体を喰らい、永遠の命を手にした人間だ」
「……まぁ、概ねその通りだよ」
ヤクモは肩をすくめる。
「それで」
フクスが視線を外さない。
「欲望は解放された」
「何の用だ」
ヤクモが、笑う。
「分かるだろ?」
一歩、踏み出す。
「お前を喰えば」
「底知れない力が手に入る」
「人間の欲望の底がどれほど深いか――」
「フクス、お前が一番よく知っているはずだ」
「……お前の欲望」
「全部、喰らい尽くしてやるよ」
「……満身創痍で出来るのか?」
フクスの声は静かだ。
ヤクモは首を傾ける。
「知っているだろう?」
「私は、欲望以外の感情をすべてゲヒュールに喰わせた」
「今のお前なら」
「――隷属させられる」
その瞬間。
「ごちゃごちゃうるせぇな」
黒崎が割って入る。
「今、機嫌が悪いんだ」
「――殺す」
空気が歪む。
レヒツが顕現する。
必中。
その一撃が放たれる――が。
ヤクモは、一歩下がる。
それだけで、外れる。
「必中範囲は十メートル前後」
淡々と告げる。
「戦いを見ていれば、分かる」
「……だからなんだよ」
黒崎が睨む。
「黒崎」
フクスが短く言う。
「レヒツを近づけさせるな」
レヒツが踏み込もうとした瞬間。
“嫌な気配”。
黒崎の元へ引く。
ヤクモが、軽く息を吐く。
「あーあ」
「せっかくの機会だったのに」
「そいつも満身創痍だろ?」
「隷属させるには、ちょうどよかった」
一拍。
「……まぁいい」
「今日は帰るよ」
視線がフクスへと戻る。
「フクス」
「人間でも殺せる程度まで弱った君を――」
「いつか、必ず殺す」
静寂。
「……追うな」
フクスの声が落ちる。
誰も、動かない。
ただ一人。
フクスだけが、
去っていく背中を見つめていた。




