優しさの代償
「リンクス、治せ」
黒崎の低い声。
リンクスは迷いなく神代に触れる。
修復が、始まる。
だが――遅い。
明らかに、遅い。
ヴェーラーの攻撃。
その質は、これまでと違う。
特にフェアツヴァイフルング。
あの一撃は、“壊す”ではなく“残さない”類のものだった。
フクスやレヒツは再生した。
だが、あの時とは違う。
治りが鈍い。
ゲヒュールにも再生能力はある。
だが――
神代は、人間だ。
「蓮!蓮!」
澪の声が震える。
「これじゃ……意味ないよ」
「勝っても、意味ない……蓮が死んだら……!」
黒崎が目を細める。
「フクス」
「助かる可能性は?」
フクスは、目を閉じる。
未来を見る。
静寂。
「…………」
わずかな間。
「黒崎」
「助かる」
「が……」
黒崎が眉をひそめる。
「なんだよ、その歯切れの悪さ」
その時。
「リンクス?」
黒崎の視線が揺れる。
「何してんだ、お前」
リンクスの身体が――
ほどけていく。
糸のように。
細く、解けて。
そのまま。
神代の身体へと、流れ込む。
「……おい」
黒崎の声が低くなる。
「やめろ」
「それ……駄目なやつだろ」
一歩、踏み出す。
「死ぬぞ、お前」
止まらない。
リンクスは、止まらない。
崩壊が始まる。
輪郭が、消えていく。
「……やめろよ」
黒崎の声が、わずかに揺れる。
「悪かったって」
「お前を……ゲヒュールに喰わせたこと」
視線を逸らす。
「要らないって思ったけどさ……」
拳が、震える。
「……やめろって」
リンクスは、答えない。
ただ、優しく。
静かに。
自分を、削っていく。
黒崎が、小さく笑う。
「……やめないよなぁ」
目を閉じる。
「分かるよ」
「元々……自分だったんだから」
一拍。
「お前、優しいもんな」
光が、消えていく。
そして――
神代の身体が、完全に修復される。
静寂。
「……生きてる」
神代が、ゆっくりと目を開ける。
「……あぁ、リンクスか」
息を吐く。
「ありがとう」
周囲を見渡す。
「リンクスは?」
誰も、答えない。
沈黙。
フクスが口を開く。
「リンクスは」
「自身を犠牲にして」
「神代、君を治した」
「フクス!」
朱音の声が鋭く飛ぶ。
「言うな!」
フクスは静かに首を振る。
「いつか知る」
「隠しても、無駄だ」
沈黙が落ちる。
「……黒崎さん」
神代が俯く。
「すみません」
黒崎は、ため息をつく。
「それ、リンクスの意思だろ」
「謝るな」
視線を上げる。
「リンクスに失礼だ」
「…………」
誰も言葉を続けられない。
静寂。
そして――
フクスが、前を見る。
「……そろそろ出てこい」
空気が張り詰める。
「ヴェーラーに入れ知恵した奴」
一歩、踏み出す。
「それとも」
「喰い殺しに来て欲しいか?」
その瞬間。
空気が歪む。
声が、落ちる。
「満身創痍で」
「強がるなよ」
知らない声が響く。




