特訓と黒崎の危うさ
「体、だいぶ変わったな」
神代は軽く肩を回す。
「最近、ボクシングやってます」
「モテ目的じゃなさそうだな」
「……スリップカウンター型です」
黒崎はわずかに口角を上げた。
「避けながら殴るやつか。能力と相性いいな」
一拍。
空気が切り替わる。
「雑談はここまでにしようか、二人とも」
次の瞬間、空気が歪む。
レヒツが顕現する。
黒崎迅と、真正面から対峙した。
――二時間後。
荒れた地面の中、黒崎が息を吐く。
「……駄目だな」
肩を回し、軽く笑う。
「まあ、こっちは全勝だし気分はいいけど」
見ていた朱音が口を挟む。
「最後、焦りまくってたくせによく言う」
朱音はそのまま続ける。
「お疲れ。そっちはどうだった?」
黒崎はレヒツを戻しながら答える。
「レヒツと組めばこんなもんだよ。そっちは?」
朱音は軽く首を振る。
「久々の仕事だったけどね。
普通のゲヒュールなら無条件で従わせられるけど、ヴェーラー相手だと……一瞬の足止めにもならない」
黒崎が三人を見回す。
「白崎も神代も、雨宮も……能力、だいぶ伸びたな」
その時、気配もなくフクスが現れる。
「三人とも、“欲望”が芽生えたからね。出力が上がって当然だ」
黒崎がわずかに視線を向ける。
「……俺も、そうなるのか?」
フクスは即答する。
「無理だ」
空気がわずかに冷える。
「欲望の発現条件は精神の崩壊だ。
お前は二つの人格を喰わせた影響で、精神の輪郭が曖昧になっている」
黒崎は黙る。
「普段は“それらしく振る舞っている”だけだ。
強がっているのも分かる」
短い沈黙。
「……バレたか」
朱音が小さく息を吐く。
「リンクスとレヒツが異様に強い理由、やっと分かった」
フクスは続ける。
「黒崎迅という人格も作り物だ。
お前は感情で動いていない。“そう振る舞うべきだ”という理性で動いている」
黒崎は視線を落とす。
「……なんとなく、分かってたけどな」
ぽつりと漏れる。
「疲れたな……俺って、何なんだろうな」
フクスが静かに言う。
「分かっているはずだ」
間。
「リンクスだ」
空気が止まる。
「レヒツは分裂した人格だが、リンクスは違う。
あれは……お前そのものだ」
黒崎はわずかに目を細める。
「……そうかもな」




