夜の満月・最悪の絶望
「何してんの、パトロールでしょ?」
呆れた声に、黒崎迅は肩をすくめる。
「してるって。リンクスとレヒツがな。視覚は共有してる」
「それ、距離的にフルパワー出せなくない?」
「出せて七割ってとこだな――けど、今日この時間は別だ」
わずかな沈黙。
「……どうした?」
「目撃情報と一致した。フェアツヴァイフルングだ」
空気が一段、張り詰める。
「全身が灰色で、顔は……認識できない。周囲だけ、妙に暗い」
「は? 破壊されたら終わりなんでしょ。フクス、間に合う?」
「五秒だが――必要ない」
淡々とした声。
フクスは一瞬だけ未来を見て、結論を出す。
「どうせなら、このまま倒すか」
「は?」
「今は満月で、夜だ」
そして自然に、朱音の肩へ手を置く。
「せっかくだ。観戦しよう」
意味が追いつかないまま――視界が切り替わる。
「……っ、なにこれ」
「遠視だ。見ているものを共有しているだけだ」
――視界の先。
レヒツが、爪で地面を引き裂く。
黒崎が静かに呟く。
「夜の人狼は、狩りを外さない」
その言葉と同時に、
届いていないはずの一撃が、背後からフェアツヴァイフルングを裂いた。
だが――
止まらない。
何事もなかったかのように、灰色の存在が前へ出る。
「……は?」
次の瞬間、
攻撃がレヒツを捉える――はずだった。
「効いてない……?」
崩れない。
壊れない。
触れている限り、留まり続ける。
「満月のリンクスは、自身と接触しているものの状態を固定する」
静かな説明。
壊れているはずの肉体が、“壊れていない瞬間”に縛り付けられている。
フクスが、わずかに目を細める。
「満月の夜限定なら……私でも勝てるか怪しいな」
満足げな声。
黒崎が肩を鳴らす。
「もしフクスが人類と敵対した時の処刑人は、俺だしな」
軽口のようで、どこか本気を含んだ声音。
「怖い怖い」
フクスは、どこか楽しげに笑う。
――黒崎迅。
その内に潜むもう一つの人格は、夜にのみ現れる復讐者。
かつて殺人を犯し、証拠不十分で逮捕された際、司法取引によってその人格を喰わせることを条件に不起訴となった存在。
視線は戦場に戻る。
「距離が離れてるから火力は落ちるが……十分だ。殺せる」
その言葉に、わずかな間。
「……どうしたの、フクス?」
フクスは答えない。
ただ、僅かに眉を寄せる。
「……未来の分岐が、異様に少ない」
静かに、言葉が落ちる。
「確実に――逃げられる」
空気が変わる。
「朱音が死ぬ未来がやけに多かったのも……あれは偶然じゃない」
思考が繋がっていく。
「数百年前の時も、そうだ……何故だ?」
一拍。
「……まさか」
視線が鋭くなる。
「最悪の未来を、掴み取る能力……?」
すべてが、繋がる。
ならば――
「黒崎迅、なんとしても五秒稼げ」
声に、迷いはない。
「確実に、今ここで殺す」
次の瞬間、
フクスの姿が消える。
――全速力。
だが、
辿り着いた先にいたのは、
リンクスとレヒツだけだった。




