強くなるには
「白崎朱音さん、ですよね」
声は抑えているのに、わずかに硬い。
「ん?」
朱音は振り返る。
「どうしたの。神代君だよね。
この前は仕事押しつけてごめんね」
初対面のはずなのに、妙に距離が近い。
「……フェアツヴァイフルングを、殺したいです」
空気が変わる。
「どれだけ強くなればいいんでしょうか」
朱音は一拍、黙った。
それから、小さく息を吐く。
「フクス」
呼びかけるだけで、空気が歪む。
「出てきて。本来の姿でいいよ」
影がほどけるように、存在が現れる。
「珍しいね」
フクスはわずかに首を傾げる。
「朱音もそうだったけど、この姿見て恐怖しないなんて」
神代は目を逸らさない。
「強いとは思ってました」
短く。
「でも……これは、想像を超えてます」
フクスは、わずかに目を細めた。
「ねぇ」
朱音が口を挟む。
「九匹のヴェーラーが監視下にあったの、知ってるよね」
神代は頷く。
「じゃあさ」
声音が、ほんの少しだけ落ちる。
「なんでフクスが出向いて殺さなかったと思う?」
「……分かりません」
即答。
朱音は肩をすくめる。
「割に合わないから」
軽い口調。
「活動してないなら放置でいいし」
少しだけ間を置く。
「逃さず殺そうとするとね」
「フクスも本気出さないといけないの」
一拍。
「そうすると――周りも消える」
神代の指が、わずかに強張る。
「……」
「戦えばフクスが勝つよ」
あっさりと。
「ただね」
初めて、真っ直ぐに視線を合わせる。
「君と幼馴染、黒崎迅」
「全員で準備して、作戦立てて」
少しだけ笑う。
「一割かな」
沈黙。
「生きて帰れる確率」
神代は何も言わない。
言えない。
「ちなみにさ」
朱音は、同じ調子のまま続ける。
「君たちが前に襲われて生きてる理由、分かる?」
神代の瞳が揺れる。
「……」
「わざとだよ」
さらりと。
「次に会った時の絶望を食べるため」
言葉だけが、静かに落ちる。
神代は目を伏せた。
それでも。
「……強くなる方法は、ありますか」
朱音は、ほんの少しだけ目を細める。
「今の聞いて、まだそれ言うんだ」
わずかに笑う。
「無いよ、そんなもの」
きっぱりと。
「君たちのゲヒュールはもう成長しない」
「慣れれば多少変わるけど」
「誤差」
間。
その時だった。
「――無くはないが」
低く、割り込む声。
空気が、わずかに軋む。
朱音が振り向く。
「……フクス?」
ほんの少しの驚き。
「知ってるの?」
フクスは答えない。
ただ、神代を見る。
測るように。
そして――止めるように。
「諦めさせるつもりで言うが……」
静かに、口を開く。
「幼馴染はともかく」
一拍。
「君なら、強くできる」
わずかに、視線が細まる。
「今から、お前を恐怖させる」
神代は動かない。
理解している。
「恐怖は……捨てたんだろう?」
短い間。
「普通は出来ない」
「私以外は」
空気が、わずかに重くなる。
「だからこそだ」
声が少し沈む。
「お前の中には“器”が無い」
「そこに、無理やり流し込む」
神代の呼吸が、わずかに乱れる。
「……どうなるか」
答えは待たない。
「壊れる」
短く。
「発狂するか」
一拍。
「耐えて、喰わせるか」
それだけを残す。
「どっちかだ」
逃げ場はない。
「それでも、やるか?」
沈黙。
ほんの数秒。
神代は顔を上げる。
「やります」




