姉のように慕ってきたメイドが幼児化したので全力で甘やかす
「お嬢様、お茶をお淹れしました」
「……ありがとう」
安楽椅子で読書に耽る私の横で紅茶を淹れている彼女は、私のメイド。名前は枢。
枢とは、私が十三歳の頃からの、七年の付き合い。
でも、初めて出会った時、彼女がまだ二十歳だった時と比べても、その容姿は衰える事を知らないどころか、むしろ若くなっていた。
いや、若いなどという物ではない。枢はまるで子供のように縮まってしまっていた。
これは比喩でも何でもない。
実際に――枢は「若返って」しまったのだ。
「今、お菓子もお持ちしますね」
微笑み、去っていく枢の背中は、とても小さい。
元は私より十センチくらい大きくて、たびたび羨んでいたのに。
今では私より二十センチも小さくなって、百五十センチも無いくらいになってしまった。
小さな歩幅でホワイトブロンドの長い髪を揺らしながらキッチンまで歩いていくその姿は、年端もいかない子供そのもの。
十代前半の少女のそれだ。
出会ってからの十年で、私たちの年齢は逆転してしまった。
こうなったのは、二週間前の事。
枢は「事故」に巻き込まれた――
ここ数年で、「生命の奔流」という現象が観測されるようになった。
地球の持つ生命エネルギーとかなんとかが、実態を持って波のように地表に飛び出してくる、という現象のこと。
そして、この生命エネルギーに直接曝露した人は、何らかの異常現象に見舞われる。
原理も未解明で、どういう規則でどんな異常が現れるのかも分かっていない。
奔流に曝露した人の中には、病気になる人もいれば、栄養状態が突然極端に良くなる人もいる。IQが爆増した人もいるという。
枢の場合は、それが「若返り」だった。
枢は二週間前、街へ買い出しに行った帰り道で、突然溢れ出したそれに曝露してしまったそうだ。
枢がちっちゃくなって帰ってきた時は、本当に驚いたものだ。
二週間経ってもまだ全然慣れない。
「お茶菓子をお持ちしました」
枢は小さな体躯になっても、今までと変わらず、メイドとしての責務を全うしてくれている。
縮んだ身体でも業務に支障が出ないよう、いつも踏み台を持ち歩いていた。
可愛らしいなと思うと同時に、小さな子供に仕事をさせているという罪悪感が湧くことも多々あった。
本人は、中身は大人なんだから大丈夫、と何度も言ったが、子供の姿のメイドに家事を任せるというのは、やはり後ろめたいものがあった。
「……枢」
「はい、何か御用でしょうか?」
突然、私は最高にいい事を思いつき、去ろうとしている枢を呼び止めた。
「今日一日、仕事はしなくていいわ。私が代わりに家事をやってあげる」
私は思いつきをそのまま口に出した。
「……えっ?そ、そんな。良いのですか?」
「もちろんよ。今日一日、私が使用人で貴女が主人。貴女のしたいように過ごして頂戴。」
そう提案した理由としては、枢を働かせ続ける罪悪感や、ただ恩返しがしたいという気持ちもあった。
だが、何よりずっと姉のように慕い、甘えてきた人に頼られ、甘えられたいという思いもあった。
私は枢が弱みを見せるのを見た事が無かった。
あわよくば、そんな枢の人間らしい傲慢な姿を見てやろうという気概もあっただろう。
「……しかし、お嬢様の召使いとして、そんな事は」
「これは命令よ、枢。今から寝るまででの間だけでいいから、好き勝手に振る舞いなさい」
戸惑う枢の言葉を遮って言う。
「…………はい、分かりました」
枢は少し申し訳なさそうにしていたが、嬉しそうにはにかんだ笑顔でそう返事した。
こうして、私は今日の就寝時間までをメイドとして過ごすことになった。
「さて、まずは掃除ね」
雑巾とはたきを手に取ると、私は窓の方へと向かった。
はたきを叩きつけ、窓枠の埃を払ってゆく。
そして、濡らした雑巾で窓を拭く。
窓から差してくる陽光が眩しく、私は目を細めながら作業をする。
少し埃が舞い、咳き込む。
袖に濡れた雑巾があたり、服が濡れてしまった。嫌な気分だ。
一つ目の窓を掃除し終えた頃には、だいぶ腕が疲れていた。
これを普段からやっている枢は凄いんだな、と思う。平然と、鼻歌を歌いながら、流れるように窓を拭く枢の姿。
そんな事を思い出しながら枢の方を見る。
枢は私の座っていた安楽椅子にちょこんと座り、私の方をじっと見ていた。
「……ちょっと枢?もっとしっかり寛ぎなさい。私の方なんて見てなくて良いから」
見られているとなんだかばつが悪く思えてきて、文句を言う。
「そう言われましても……お嬢様を見ているのが一番リラックスできるのですが」
「……馬鹿!」
私は照れた顔を見られないよう、顔を逸らしてすぐに掃除に戻った。
枢はこういう事を平気で言う。
私を照れさせようとか、そういう意図がある訳ではない。
純粋に、私の事を心から可愛いと思っているからこそ枢はこうなのだ。
私は七年間ずっとこんな具合で、枢に褒めちぎられながら過ごしてきたせいで、今ではすっかりこんな自尊心の塊に育ってしまった。
本当に迷惑!
「はあ……」
ため息をつきながら、二つ目の窓を掃除し終える。
ふと、周りを見渡すと、大量の窓。
初めて広い家で住んでいる事を悔やんだ。
窓が多すぎる。掃除が大変すぎる。
よくこんな家を枢は一人で掃除しているなと、もはや畏敬に近いような感心を抱いた。
「飽きた。掃除はやめるわ」
私は掃除用具を戻し、伸びをしながら枢の方へと戻った。
「お疲れ様です、お嬢様」
「なかなか疲れたわ……」
私が近寄ると、枢は立ち上がり、小さな歩幅で近寄ってきた。
「あっ、そうだ……!あの、お嬢様、一つお願いしてもいいですか?」
突然、枢が何か思いついたように小さな手をぱんと叩いた。
「……何?嫌な予感がするんだけど」
「少ししゃがんで頂けますでしょうか?」
「はあ。こうかしら?」
断りたい気持ちもあったが、あくまで今日は枢が私の主君だ。従わざるを得ない。
ゆっくりとカーペットの上にしゃがみ込む。
「お掃除頑張れて、偉いですね〜」
「ちょっ!枢?!」
突然、頭を撫でられた。
驚きのあまり、座り込むようにして後ろに倒れてしまい、逃げられない。
「枢、やめなさい。恥ずかしいわ……」
「でも、今日はお嬢様が私のメイドなのですよね?私がしたいと言う事を拒むのですか?」
「メイドにだって拒む権利はあるわよ!」
「私はお嬢様の言う事を拒んだ事はありませんよ?」
「それは貴女が異質なの。普通のメイドはそんな風に絶対的な忠誠を誓ったりしないわ」
そんな会話を交わしている間にも、枢は子供らしい無邪気な表情で、私の頭を撫で続けていた。
子供の身体をした枢に子供のように可愛がられるというのは、なんだか奇妙に思える。
子供の身体になってなお、中身は変わらず枢なんだなと改めて実感する。
こうやって主君である私を舐め腐って子供扱いするのは本当に枢らしい。
いつまで経っても、枢の目を通して見れば、私は小さい子供のままのようだった。
しかし、抵抗こそしたが、こうやって撫でられるのは私にとって満更でもなかった。
枢は昔から人の頭を撫でるのが上手かった。
それは今こんな体になった後も健在である。
「はあ……もう十分でしょ。手を離しなさい」
「はーい」
流石にこれ以上撫でられると私の尊厳が危ない。立ち上がり、腕を払い除ける。
枢は満足げな顔をしていた。
私はふぅ、と小さくため息を吐き、椅子にどさりと深く座った。
「ん?枢、何してるの?」
枢はどうしてか椅子に座らず、私の前に立って気まずそうにしている。
「その……ちょっと恥ずかしいのですが、あの……もう一個だけお願いしてもいいですか?」
「何よ、言ってみなさい?」
普段から言いたい事を素直に言う枢にしては珍しく、恥ずかしそうに提案しだした。
何を言い出すか気になり、私は前のめりで尋ねる。
「あの、私……お嬢様の膝の上に座ってみたくて」
何を言い出すかと思えば、いつも言っているような事を私に言ってきただけだった。
先程頭を撫でる時は全く躊躇う事も無かったのに、このくらいの事を頼むくらいで今更何を恥じることがあるのだろう。
「まあ……そのくらいなら良いわよ。好きにしなさい」
「ありがとうございます、お嬢様!」
私は一瞬断るか迷ったが、今日は私が従者なのだという事を思い出し、枢の頼みを受けた。
すると枢はめったに見せないくらいの笑顔をぱぁっと浮かべた。
「それじゃあ、失礼します」
そうして私の膝の上に座った枢は、嬉しそうに微笑みながら、脚をぶらぶらさせている。
上機嫌な子供、という感じ。
こうして見た目だけなら可愛いのに、中身が枢なせいで図々しくて不敬になってしまっている。
まあ、それはそれで悪くないが。
「……ねぇ、貴女、やたらいい匂いするわよね」
「お嬢様が昔好きと言ってくれた香水ですからね。当然です」
「そういう事が言いたかった訳じゃないんだけど……まあいいわ」
枢を座らせていると、ちょうど私の下に枢の頭が来たせいで、子供には似つかわしくない甘ったるい香水の匂いがしてきた。
それに混じって本来の枢らしい心地よく、懐かしいような香りがした。
私はこの香りが好きだった。
そうしているうちに、私はいつの間にか枢の頭を優しく撫でていた。
「今度は、お嬢様が撫でてくださるのですか?」
枢は頬をぽっと赤らめ、驚いたように聞く。
「……いつも頑張っているから、ご褒美よ。今日だけだからね?」
「はい。嬉しいです」
先程私を撫でていた時の満足したような顔とはうってかわって、なんだか安らいだような、しかし寂しそうな表情をしていた。
むしろ、どこか苦しいような、旅行の最終日にするみたいな表情。
「ところで……覚えてますか?私がお嬢様のところに来たばかりの頃のこと」
「覚えてるわよ。そのくらい。あの頃は私が貴女の膝に乗っていたわね」
そう言われた途端、枢の柔らかい脚、綺麗な透き通った声、心地のいい体温、優しい手が一気に私の記憶から呼び覚まされた。
あの当時の事を私はゆっくりと思い出していく。
仲の良かったメイドが辞めてしまい、新しく入ってきた枢を当時はあまり信用していなかった。
それでも、枢が必死に私を元気づけようとしてくれたし、沢山楽しい事も教えてくれた。
そうしているうちに、私と枢は仲良くなり、数ヶ月もする頃には膝に座らせて貰える程になっていた。
「……枢」
「なんでしょうか、お嬢様」
「貴女は私の元から離れないでいなさいね」
突然、枢までもが私を一人で置いていったらどうしようと、不安に襲われた。
ついそんな事を口にしてしまった。柄にもなく真剣な事を言ってしまった。
「離れませんよ。何があろうと絶対に私はお嬢様の元に戻ってきますから。お嬢様のメイドという立場は私だけのものですので」
「子供の姿になって帰ってきた貴女が言うと説得力が違うわね……安心したわ」
「それなら良かったです」
枢は真っ直ぐ私に応えてくれた。
茶化す事もなく、真っ直ぐ、真剣に。
この人が私の従者で良かったと私は改めて心から思った。
安心すると突然、恥ずかしさが込み上げてきた。
「ああ、なんか小っ恥ずかしいわ。やめましょう。降りなさい枢」
「えぇ……もうですか?」
私がそう声を荒らげると、不満を言いながらも枢は私の膝から飛び降りた。
*
「あとはお皿に盛り付けて完成ですよ」
「はあ……料理も中々疲れるわね」
私たちは二人で夕食を作っていた。
初めは私が一人でレシピを見ながらやるつもりだったのだが、レシピに出てくる言葉の意味が分からず、枢に尋ねているうち、いつの間にかほとんど二人で料理をしていた。
作ったのはビーフシチュー。
枢がよそってくれた皿を、私が食卓へと運んで行く。
「こうやって一緒に作業するのって珍しいから、なんだか不思議ね」
「そうですね……まるで、恋人同士のような気分です」
「貴女よくそんな事平気で言えるわね!」
悪態をつきながらエプロンを外す。
食卓からは芳しい香りがしてくる。
私はお腹を空かせながら食卓につく。
枢は私の隣に座った。
「では、食べましょうか」
「そうね。いただきます」
まず一口。美味しい。我ながら上手く作れたなという感じがする。
「美味しいですね。お嬢様、料理の才能がおありなのでは?」
「言い過ぎよ。悔しいけど、枢の料理の方が美味しいわ。そもそもこれだって、枢が手伝ってくれたから作れたのよ?」
「でも、私の料理には無い温かみがあるような気がします」
「気の所為よ」
枢は私の事なら何だって褒める。
お世辞のように言うが、どうやら彼女は本心から私のやる事為す事全部が愛おしく思えるらしかった。
「あのっ、お嬢様」
「何かしら」
「また……一つだけお願いをしても宜しいですか?」
枢がまた頬を赤くしながら、緊張したように言い出す。
「言ってみなさい」
「お嬢様に……その、食事を、食べさせて欲しくて」
「あーんして欲しいって事かしら?」
「そうなります」
何を今更そんな事を恥じらいながら言う必要があるのだろうと私は思った。
普段からメイドとしての立場も弁えず、何度も何度も私にセクハラ紛いの発言を繰り返している癖に。
少し迷ったが、私は了承してやった。
「ほら、口開けなさい」
「はい……」
口を開けさせ、そこにスプーンを突っ込む。
どうしてか、僅かに背徳感を感じた。
「どう、美味しい?」
「ん…………美味しいです」
枢は口に入れられた物を飲み込むと、恥じらいの混じったはにかんだ表情で応えた。
まるで、本物の子供みたいだ。
今までの、大人っぽくてしっかりした枢とは違う、もっと弱々しい、本物の子供。
しかし、一つ子供らしくないところがあるとすれば、寂しそうに下がった眉尻だろう。
さっきから私が枢を甘やかす度、こうして寂しそうな雰囲気を含んだ顔をする。
そんな事を思いながら、私は二口目を枢の口に突っ込んだ。
「んぐ…………お嬢様、もう少しゆっくりお願いします」
「あら、ごめんなさいね。次から気をつけるわ」
そうして何度も枢の口に食べ物を運んでいくうち、普段は姉のように慕っている枢の世話を私がしているという事に妙な優越感を感じてきた。
「枢、貴女本当に子供みたいで可愛いわね」
そして、冗談のつもりで言った。
ただ、枢を負かしたような気分になって、気持ちが良かったからそう言っただけだった。
「……枢?なに、貴女泣いてるの?」
「ひぐっ……ぐすっ……すみません……お恥ずかしい、限りです。すぐに、泣きやみます……」
突然わぁっと枢の目尻から涙が溢れ出してきた。それを必死に止めようと枢は目を瞑り、嗚咽を堪えようと歯を食いしばっている。
私は訳もわからずあたふたしながら、席を立ち枢の方へ向かう。
こんな事、今までには無かった。
「ちょっ……貴女突然どうしたの?ごめんなさい、私が言ったことが気に触った?」
「いえ……ぐずっ……そうでは…………無くて、嬉しくて……」
「もう……とりあえず一旦泣きやみなさい。その後話をしましょう……」
隣に立ち、背中をさすってやる。
枢は泣き顔を見せないよう必死になって顔を伏せていた。
見た目通りの、子供らしい泣き方だった。
度々嗚咽が漏れ、鼻をすする音が聞こえる。
たびたび強弱がつく感じが本当に子供が大泣きする時のそれに近かった。
「ほら、泣きたいだけ泣いていいわよ、もう」
そんな様子を見ていると可哀想に思えてきた。
私は涙を流す枢を抱きとめる。
「ひぐっ……お嬢様……すみません、お見苦しいところを……見せて…………」
「いいわよそのくらい。貴女にだってたまにはこういう事もあるわよね。大丈夫よ」
そうして慰めの言葉をかける度、枢の嗚咽は大きくなっていった。
そのせいで、枢が泣き止むまでに随分と時間を要した。
泣き始めてからどれくらいの時間が経っただろう。涙を出し尽くして枯れたというように枢は泣き止んだ。
「すみません、ご迷惑をおかけして……」
「そんな事良いのよ……貴女が泣くなんて珍しいわね」
ようやく、落ち着いて話ができるようになった。
枢の頬には涙の流れた跡が乾燥してこびりついていて、目の下は熱したみたいに真っ赤になっていた。
「で、なんで急にあんなに泣いたのよ」
「そっ……それは……」
「……言いたくないならいいわよ。で、残りのビーフシチュー、自分で飲める?」
「お嬢様が飲ませてくれないと飲めません」
「貴女、この期に及んで本当に我儘ね……」
文句を言いながらも、ゆっくりと口にシチューを流し込んでいく。
その度に枢は何度も「ありがとうございます」「美味しいです」と繰り返した。
「ご馳走様でした」
「はぁ……時間かかったわね……」
「すみませんでした。私のせいで……」
「だから謝るのはやめなさいよ。それより、貴女の事が心配よ、私」
「心配してくださって、ありがとうございます」
赤くなった目をへにゃりと曲げて嬉しそうに笑うその表情を見ていると、居た堪れない気持ちになってきた。
「もう遅い時間だし、お風呂に入ったらすぐ寝ましょう」
「そうですね……もう遅い時間ですし、時間短縮のために一緒にお風呂に入らなくては……!」
「貴女ねぇ……」
呆れてものも言えない。
大泣きしたばかりなのによくもまあこんな風に普段の調子で話ができる。
いや、むしろ、一旦泣いてタガが外れたと考えるのが正しいような気もする。
私に甘える事へのハードルが下がってしまった、という感じ。
「お嬢様、お願いします……私お嬢様が一緒に入ってくれないなら今日お風呂入りません」
美容に気を使い、香水まで付けていた枢からこの発言。そこまでするか、と私はほとんど怯えるような気持ちだった。
流石に、今回ばかりは了承できない。
*
「お嬢様、お風呂気持ちよかったですね」
「そうね」
私は枢と一緒にお風呂に入ってしまった。
いや、本当に断るつもりだったのだ。
しかし、少し前まで泣いていたような子の願いを聞き入れないなんて事は、私にはできなかった。
お風呂でも枢は私にべったりだった。狭いバスタブの中でもずっと私の手を握り、指を絡めて話そうとしなかった。
流石に恥ずかしいからやめて欲しいと言ったのだが、その度に寂しそうな顔をしたから、また泣かれたら困ると思い、断りきれず終わってしまった。
「お嬢様、私の髪拭いて頂けませんか?」
「はいはい」
枢はもう完全に子供のように振舞っていた。
明日から本当に今まで通り業務に戻れるのだろうか?
そうして枢の髪を乾かし終えると、私はどさりとソファに座り込んだ。
疲れた。
普段ほとんど筋肉を使わず過ごしているせいで、こうして一日誰かの世話をするだけで、どっと疲れてしまった。
そうして座っていると、枢が寄ってきた。
「あの、お嬢様……寝る前に、あと一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「あーもう、良いわよ。何でも言いなさい」
なんだか、今日一日で私は枢にかなり甘くなってしまった。
このままだと枢が調子に乗ってしまうな、とは思いつつも、ついつい甘やかしてしまう。
「では……その、膝枕を、お願いします」
「はいはい、分かったわ」
もはや私はもう枢の頼みを断れるような状態では無かった。吹っ切れてしまった。
自分が昔は枢に膝枕されていたな、という事を思い出し、恩返しのつもりで快く承諾した。
「ほら、ここに頭乗せなさい」
ソファに深く座り、太腿をとんとんと叩く。
「それでは……失礼します」
枢の頭の重さが脚に乗る。
意外と重い。
さっきまで私の頭を嬉々として撫で、私の事をリードして料理を手伝ってくれていた、あの枢が。ずっと従者として信頼し、そして年上の女性として尊敬していた枢が。
今、私の脚に頭を乗せ、安らぎの表情を浮かべている。
私の今まで甘えてきた枢が、今日だけは私に甘えてきている。
不思議な気持ちだ。
全く悪い気はしないが。
私は枢の頬を優しく撫でた。
「んふふ……くすぐったいです」
そうして笑う様子は、無垢で無邪気で、こちらまで心が安らぐような、そんな雰囲気を帯びていた。
「……ねぇ、お嬢様。今だけ、弱音を吐いてもいいでしょうか?」
「幾らでも構わないわ」
「ありがとうございます」
すぅ、と一度息を吸い、枢が話し始める
「私ずっと、お嬢様に甘えてみたかったんです」
私の太腿の上で、私の目を真っ直ぐ見つめながら嬉しそうな語調で言う。
「それで、今日こうやってお嬢様が甘えさせてくれて、本当に嬉しかったんです」
「泣くほど?」
「はい。泣くほどです」
ふふ、と枢が笑った。
彼女がこんな風に弱みを曝け出す姿は、今までに見た事が無かった。
今までの事を思い返す。
枢は私の前ではずっと、上品で美しい、完璧な従者として努めてくれていた。
私が枢に何度も甘える一方で、枢は誰にも甘えず一人で頑張っていた。
「私、こんな子供の姿になってしまって、毎日不安だったんです。でも、この姿のお陰でお嬢様に可愛がって頂けるなら、この身体になっても良かったとさえ思います」
「別に……もし頼んでくれたら、大人の身体であろうが膝枕くらいしてあげるわよ。馬鹿」
私が枢を頼っていたように、枢も誰かを頼りたいのだ。
そう気付いた今、どうしても彼女の事が愛おしくて仕方なかった。
「ねぇ、お嬢様」
「なぁに?枢」
「また、たまに、たまにでいいので、こうして甘えてもいいでしょうか」
「いいわよ。何度だって構わないわ」
「ありがとうございます、お嬢様……」
枢は安らかな表情で目を瞑った。
私はその頭を優しく撫でた。
「ねぇ、枢」
「なんでしょうか、お嬢様」
「変な提案をしてもいいかしら」
「はい。勿論です」
「その、私たち、友達にならない?」
小っ恥ずかしいな、とは思いながら言う。
わざわざ今になって、出会って七年経ってからこんな事を言うなんて馬鹿馬鹿しいし、口に出すかは迷った。
でも、改めて伝えるべきだろうと思った。
「……はい、勿論です」
枢の表情がぱあっと明るくなる。
この笑顔を大切にしようと、改めて心に刻んだ。
枢は、そうして安らいだ顔のまま眠ってしまった。
「はあ……手間のかかる子」
私はゆっくりと枢の頭を膝から下ろし、ソファに寝かせる。
せっかくならベッドまで連れて行ってやりたいが、私の腕力では難しい。
ブランケットを取ってきて、枢の体にかける。
「おやすみ、枢」
そうして大切な友達の額に一度キスをして、私は自分のベッドに向かった。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
気に入ってくだされば評価やブクマなどして下さると幸いです。
もし私の書いた他の作品も読んで頂けたなら死ぬほど喜びます。




