10話「内の人」
本日もよろしくお願い致します。
進さんはよく耐えてくれている。「死にたい」と言い、ここへ閉じ篭っている春子に。
俺は考えていた。いくら考えても、春子を幸せにする方法なんか思いつかない。現段階では、ここから出さないのが一番なくらいだ。
こんなご大層な別室まで作り上げて閉じ篭った春子。それには充分過ぎる程の理由がある。
春子には、自分以外の人間は攻撃者だった。そして、春子の中では、春子は「誰でも攻撃していい世界一悪い子」である。幼い頃に家庭で暴力を受けるというのは、「世界から攻撃される自分」を見せつけるのだ。
春子が復讐を考えないのは、復讐しても大人の力で倍返しにされた記憶があるというだけだ。それに、復讐は自分を大事にしない限り、思いつかない。大事にしたいなら、余計に復讐などしてはいけないが。
俺はチラリと、赤いドアを見やる。本物の血だ。春子の血だ。彼女はそれを知らない。あれは春子が流した血なのだ。十六歳の時に。
ここに居れば彼女は安全なのだ。春子の希望はここで安心する事なのだ。
俺は嘆息しする。春子は、愛想を尽かしたこの世にまだ留まってくれているだけだ。
傍らに眠る春子を見た。素直に両目を閉じている。その様子を見て俺は危険な気持ちなど湧かなかった。だからそれを心で叫ぶ。
〝君は傷つきやすいと、誰でも解る。もう今さら、誰が粗末に扱うものか!〟
春子にそう言って、永遠の安心を渡せたなら。でもそれは出来ない。彼女は誰も信頼していないから。
その時、外から誰かが大きく忙しないノックをした。ドン、ドン、ドン、ドン!握り拳の底で叩いているのだ。春子はその音も聴こえず眠り込んでいるらしい。俺はドアへ向かう。
大きな血のドアが目の前でねろりと光る。小さく息を吸い話し掛けた。
「進さんとは、どうだった」
相手は直ぐさま外で「ケッ」とか「ヘッ」なんて言ってみせた。本気でひねているのだろう、地面を蹴っている音がする。
「春子に当たらないと言うなら、ドアを開ける」
俺がそう言うと、相手は「いいから開けろ!」とだけ叫んだ。
私が目覚めた時、部屋には尋常じゃない緊張が詰まっていた。七星さんと、もう一人男の子が居る。彼は七星さんより少し若いみたい。いいや、大分かも。
若い男の子は、私の対角線上の端に座り込んで横を向いている。不機嫌そうな横顔。彼は右手を放り投げたり引き寄せたりしている。七星さんは彼と会話はしていない。なんだか、それも変な程、張り詰めた空気。
七星さんは、起き上がった私を見て、少し抑え気味に微笑んだ。
「春子。おはよう。こいつが自己紹介したいそうだ」
私が首だけで会釈しようとしても、その男の子は瞼を閉じて溜息を吐いた。こちらを見てはくれない。なんだか、私を嫌ってるみたいにさえ感じる。
「ほら」
七星さんが促しても、その子はイライラしたままだった。私を見てまた嫌そうに溜息を吐く。
「春子には当たらないって約束だぞ」
七星さんがそう言うと、その男の子はジッと私を見た。体は脇へ向かせたままで。
学ランを着た姿で、ブラウンに髪を染めた彼は、なぜかオレンジ色のピン留めをしている。言い方が悪いけど、ちょっと前のヤンキーみたい。
すうと息を吸い、彼はこう言った。
「お前の代わりに、怒ってきた。俺は、お前の身に何が起きたのか知ってるんだ。もう怒らせないでくれ」
「え、あの…」
駄目だ。この人達はなんか、大前提を無視して話をする!
〝まず、貴方はどこの誰なの!?〟
でも、あんなに真剣に「お前の代わりに怒った」なんて言われて、私が「あなたを知らないですから」なんて言いづらい。
そこへ七星さんがこう投げた。彼は無表情だった。笑っていない。
「こいつは、優馬という。春子。君は実は、俺達全員を知っている。その内に解るから、今は、全員が君に対して何もしないと知って欲しい」
「え、ええ…」
〝でも、知らないですけど…〟
よっぽど言いたかったけど、言えなかった。私、記憶喪失なのかしら。
深く考え込む事でもないわ。だって、考える為の材料がないじゃない。私は何も知らない。確かに、害になるような事って、あんまりなかったけど。
〝響子さんは、どうなのか分からない所もあるけどね〟
そう言いたくなっても、顎に手を当て右上へ目玉を回すだけに留めておいた。
つづく
有難うございました。最近は、前の晩に書いておいて、朝に推敲しています。




