第7章 影が歩く、はじまりの放課後
翌朝の学校は、
いつも通りのはずだった。
チャイムが鳴り、
クラスメイトの声が教室に広がる。
レンもミオもハルカも、
昨日の出来事を胸の奥にしまったまま
机に座った。
(クロガネ……黒宝……
影が寄ってくる少年……)
レンはどうしても彼の無表情が頭から離れない。
そんな中、ハルカが席を寄せてきた。
「ね、聞いた?」
声は低く、周りに聞かれないようにしている。
「何を?」
「今朝……校舎裏で“黒い鳥の影”を見たって」
レンとミオが同時に息を呑む。
「黒い鳥……」
「影妖の新しい種類……?」
「わかんないけど……クロガネくんと何か関係ある気がする」
ミオは不安そうに胸元の青玉を指先で触れた。
すると応えるように、すこし柔らかい光が灯った。
『心配するな。だが警戒を解くな』
青龍の声が、ミオにだけ聞こえる。
(……青龍も、こわがっている……?)
授業が始まっても、
三人の気持ちは落ち着かなかった。
■放課後──“歩く影”事件
その日の放課後。
レンたちは昇降口で靴を履き替えていると、
男子生徒たちの騒ぎが耳に入った。
「なあ、見たか?
階段の影が……なんか動いたんだよ!」
「影が? お前寝不足じゃね?」
「いやマジで! “足”みたいだったんだって!」
ミオが一気に青ざめた。
「足って……影が歩いてたってこと……?」
レンは階段に視線を向ける。
夕方の斜めの光が廊下を伸ばし、
いくつもの影が床に広がっている。
(昨日の影妖みたいに、
影の中に何かが潜んでる……?)
ハルカが小声で言った。
「これ……クロガネくんが言ってた
“影が騒ぎ出す”ってやつ……?」
レンは頷き、
「……確認しに行こう。
放課後なら人も少ないし」
三人は階段へ向かう。
しん、と静まり返った踊り場。
照明の影が、まるで呼吸するように揺らめいている。
「レン……なんか普通じゃないよ……」
「わかってる。
でも、見なきゃいけない」
レンが一歩前に出たとき――
――カサッ
何かが床をかすめた。
「今……何か動いた……!」
ミオがレンの腕をつかむ。
レンの朱玉がほのかに赤く光り、
影の奥がぼんやりと鮮明になっていく。
(……いた……!)
階段の影の中から、
黒い“手”のようなものがゆっくりと伸びてくる。
「やっぱり……影妖だ……!」
『主よ、慎重に動け。
これはまだ“小影”。
だが侮れば呑まれる』
朱雀の声がレンに響く。
黒い手は三人を確かめるように触れようとするが、
レンの朱玉の光にふれた瞬間、
シュッと煙のように縮んだ。
「……逃げた……?」
「ううん、消えた。
レンの光に焼かれたんだと思う」
ミオが青玉を見つめながら言う。
「でも、どうして学校に……?
影妖ってもっと暗い場所にしか出ないんじゃ……」
ハルカが言いかけたとき――
ミオがはっと顔を上げた。
「……クロガネくんだ」
「え?」
「だって、昨日……
“影は彼のそばに来る”って言ってた……
もし……」
「もし、あいつがこの学校にいるなら……
影妖が近くに寄っても不思議じゃない……ってことか」
三人は無言になった。
■夕暮れの体育館裏
帰り道、三人は体育館の脇を通った。
夕日が赤く、長く影を伸ばす。
その静けさの中で――
レンの朱玉が突然、強く脈打った。
「……っ!」
ミオとハルカも驚いて振り返る。
「なに? 今の……!」
「朱雀が……“呼んでる”……?」
次の瞬間、
体育館の影から黒い小さな影が数匹、
地面を走り抜けた。
「まただ……!」
レンが追おうとしたその時――
「……レン」
静かな声が、背後から聞こえた。
三人が振り向く。
夕日の中、
影を引き連れるようにして、
クロガネが立っていた。
「影が……騒いでる。
この学校で、ね」
「クロガネ……」
「近づかないほうがいい。
影は……ぼくの気配に反応するから」
寂しそうな、でも諦めたような声だった。
ミオが思わず言う。
「ねえ、クロガネくん……
あなたはどうして……影に好かれるの?」
クロガネは少し黙ってから言った。
「…………ぼくは、“光”を持っていないからだよ」
その言葉に、三人は息を詰めた。
少年はそれ以上何も言わず、
影をまとって夕闇へ歩き出していく。
その背中はやけに細く、
まるで暗がりに溶けてしまいそうだった。
「……追わなくていいの?」
ハルカが言う。
レンは胸の朱玉を握りしめ、
ただ小さく首を振った。
「今は……まだ追っちゃいけない気がする。
あいつ……“助けを求めてる”ように見えたから」
ミオはそっと青玉に触れる。
(クロガネくん……
本当に、光を持ってないの……?
もしそうなら……どうすれば……)
夕日が沈み、影が深くなる。
影は歩く。
静かに、確かに、広がってゆく。
三人はその中でようやく、
“自分たちが大きな渦の入口に立っている”ことを
感じ始めていた。




