第5章 黒い気配、もうひとつの宝玉
翌朝。
東雲学園の昇降口は、昨日の出来事が嘘だったかのように、
いつも通りのざわざわした空気に包まれていた。
「――おはよう、レンくん!」
ミオが小走りで近づいてくる。
昨日の恐怖が完全に消えたわけじゃないけれど、
その表情はどこか晴れていた。
「おはよう、ミオ。体、大丈夫?」
「うん……もう平気。
青龍が、なんだか“守ってくれてる”気がするんだ」
ミオは胸元の青玉に触れ、
ほんの少し照れたように微笑んだ。
(……よかった。
本当に、よかった)
レンが胸をなで下ろしたところへ――
「おはよ、二人とも!」
ハルカが勢いよく手を振りながらやってきた。
いつもの自信に満ちた笑顔。
白玉が陽の光にきらりと反射している。
「今日、放課後ってさ。
また宝玉のこと、三人で話し合わない?」
ミオがこくりとうなずく。
「うん。わたし……もっと青龍のこと知りたいし」
レンも同意した。
(影妖は昨日より強くなっている。
俺たちも、ちゃんと備えないと……)
そのとき――
校舎の奥から、
冷たい風のような“気の揺れ”が一瞬伝わってきた。
「……っ!」
レンが思わず振り返る。
「どうしたの?」
「いや……なんか変な気配が……」
しかし、そこにはただの廊下しか見えない。
『……朱雀の主よ。
そなたの勘は間違ってはおらぬ』
朱玉の声が低く響いた。
『闇の波は、日に日に強くなっている。
影妖の“源”が近づいているのだ』
(影妖の源……?)
理解が追いつかず、眉を寄せるレン。
「レンくん?」
「あ、なんでもない。行こう」
三人は教室へ向かって歩き出した。
だが、ミオもハルカも気づかなかった。
――昇降口の隅。
陽の光の当たらない影の中に“誰か”が立っていた。
その人物の胸元で、
黒い宝玉のようなものが鈍く光っていた。
◆ ◆ ◆
放課後。
三人は校舎裏の花壇のそばに集まっていた。
春の風がやさしく吹き、
土の匂いと花の香りが混じる穏やかな空気。
しかしレンの心は落ち着かなかった。
「昨日の影妖……
あれ、普通じゃなかったよな」
「あんなに濃かったの、初めて見たし……」
ミオが不安そうに袖をつまむ。
「それに――青玉が言ってたよ。
“闇の波が強まってる”って」
レンが続ける。
ハルカが腕を組み、真剣な顔をする。
「源って……影妖を集めてる“何か”があるってこと?」
三人はしばらく黙り込んだ。
『“四人目”が目覚める時、
影の扉は開かれる』
青玉の声が、ミオの胸でそっと響いた。
「四人目……?」
レンとハルカが同時にミオを見る。
「ちょ……何それミオ!?
昨日そんなこと、言われてたの!?」
「四人って……俺たちは三人じゃん!」
あたふたする二人に、ミオが慌てて手を振った。
「い、いやっ、わたしもよくわかんないの!
でも青龍が言うには……
“まだ宝玉がひとつ足りない”って……」
『四神は四つそろってこそ調和する。
均衡が崩れれば、影は増す』
青玉が静かに告げる。
(宝玉が……四つ……?
まさか、ほかにも選ばれた“主”が……)
ミオが不安げにレンを見る。
「ねえ、レンくん……
わたし達、また影妖と戦うことになるのかな……」
レンはミオの肩にそっと手を置いた。
「戦うっていうか……守るんだよ。
お前や、ハルカや……
学校の、みんなを」
ミオの頬がほんのり赤くなる。
ハルカはそれを見て、ぷくっと頬をふくらませた。
「もー……二人して心配かけるんだから。
でもまあ……いいよ。三人なら、きっとなんとかなるでしょ!」
そう言って笑ったそのとき――
ふいに空気が震えた。
「……!!」
花壇の影がじわりと形を変え、
黒い“しずく”のような影妖が現れた。
「またっ……!?」
影妖は昨日より小さいが、
異様に早い。
影の中を飛ぶように動き、三人を狙う。
「くっ!」
レンが朱玉に手を添える。
ミオとハルカも宝玉を握りしめた。
しかし――
影妖は三人に襲いかかる前に、ふと動きを止めた。
そして、校舎の影の奥へと“逃げるように”消えていく。
「え……逃げた?」
ハルカが目を丸くする。
「なんで……?」
答えは、すぐ後に現れた。
校舎の裏口。
夕闇の中からひとりの少年が姿を見せた。
同じ学校の生徒らしい。
無表情で、淡々と歩いてくる。
胸元には――
黒い宝玉が揺れていた。
「!!」
「黒い……宝玉……?」
「じゃあ……」
ミオが息を呑む。
レンは少年の目を見た。
その瞳は深い闇の底のように、何も映していなかった。
(……まさか……
“最後の主”って……)
風がざわりと揺れる。
黒い宝玉が静かに、しかし確かに光った。




